手のひらのスマートフォン一つで、何でも体験でき、手に入れることができる。現代の子どもたちは、そう錯覚していないだろうか。本来は、手や体を動かし、五感を総動員してこそ、本当の感動が得られるはず。その本質が詰まった伝統芸能や伝統工芸に、生き生きと取り組む子どもたちの姿を追った。
東京都港区立青山小学校(可児亜希子校長)では年に1度の伝統体験の授業に、有田焼の産地として知られる佐賀県有田町の陶芸家で、色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)、十四代今泉今右衛門さん(61)を招いている。
同校が日本工芸会に作家の派遣を相談したところ、青山にギャラリー「今右衛門東京店」を構える今右衛門さんが講師を引き受け、一昨年度から務めている。「経験することは大変大切。脳裏に残りますから」と、今右衛門さんは児童との交流を意欲的に行う。
教えるのは、伝統技法「墨はじき」。素焼きの皿に墨で文様を描き、焼いて白抜きに反転させる技法だ。また、下図用の型紙である「仲立ち紙」も体験させる。紙を皿に当て、ツバキの葉でこすり付けると絵柄が転写される。「これも昔からの技術ですが『写った、写った』と子どもたちは喜びます。なぜツバキの葉を使うかという私からの問いかけにも積極的に答えてくれます」
墨を300回程度、丁寧にすってから、いよいよ墨で絵柄を描く。「子どもたちは大人より思い切りがいい。私の図録も置いているが、気にせず自由に描く。キャラクターにも頼らないので感心します」と今右衛門さん。
今年〔2024年〕2月に行った授業では、60人分の作品を有田まで送ってもらい、窯で焼いて釉薬をかけるなどして学校に送り返すまでに約4か月を要したという。途中で割れてしまった皿には、漆を使って修復する金継ぎを施しているためだ。担当の佐々木望美教諭(47)は「子どもたちは完成を楽しみに待っていて、時間がかかることや、割れてしまったことも含めて学びを得ている。ギャラリーを訪れる親子もいる」と関心の広がりに喜ぶ。
今右衛門さんは「脳科学者の中野信子さんとご一緒した時、『理論的なものだけを人間が積み重ねると、判断を間違うことが分かってきた。頭ではなく、体や手を動かして獲得した感性が大切だ』とおっしゃっていた」と話し、子どもの感性を磨く授業への意欲を新たにしていた。
(2024年8月17日付 読売新聞朝刊より)
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