工場を開放して見てもらうオープンファクトリーや、地域が一体となって魅力を掘り起こす取り組みは近年、全国各地の産地に波及していっている。各地の旗振り役は、自己利益は脇に置き、土地の歴史や特性をアピールしながら、地域を巻き込んでいく。地域の連携は、さらに産地間の連携へと広がりを見せる。今、地方が面白い。
カフェで談笑する女性たち、笑顔で制作体験をする団体客、ショップでじっくりお土産を選ぶ人――。富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」の本社内に入った瞬間、思い思いに施設を楽しむ来館者のにぎわいが一斉に伝わってきた。奥にある工場にも見学者がひっきりなしに訪れ、社員が丁寧にガイドをしていた。
2017年に落成した能作の社屋は観光客向けに照準を合わせた設計を施し、年間13万人が訪れる地域の観光拠点になっている。
「ついでにやっているんじゃないんですよ」。能作克治会長(67)は話す。16年に産業観光部を新設し、長女の千春氏(現・社長)(39)を初代部長に据えた。当初3人だった部員は現在26人に。工場見学のほか、カフェやショップの運営、さらには地域の名所や食のスポット約250か所を紹介する観光案内スペースの整備も仕事の一つだ。
克治会長は「生産性はゼロでええから、5年、10年先につながることをしなさい」と言い続けてきたが、社の根幹の事業になっている。「目に見えない広報機能があり、採用にもつながる」と千春社長。営業部門を持たない同社にとって、産業観光の取り組みが口コミによる営業効果をもたらす。また、子供の頃に見学に訪れた若者が入社するケースもあるという。
30分の見学コースは無料だが、社員が懇切丁寧に案内する。外国人観光客も増加し、24年は約3000人が来場。ガイドは英語、中国語、フランス語にも対応する。
カフェは、同社自慢の
1916年創業の同社は、2000年頃から自社製品開発に挑むまでは、仏具などの下請けで伝統の高岡銅器を支えてきた。「技術を売るだけの立場だったので、お客さんが見たくて自社商品を開発した。お客さんは商品開発のヒントをくれ、職人さんには『すごいね』と声をかけてくれる。すると職人さんのモチベーションも上がる。やっぱり仕事って見せるべきなんですよ」(克治会長)
伝統工芸と観光が強く結びついた理由は何か。〔2025年〕5月22日に東京都内で開かれた「工芸シンポジウム」で、日本政策投資銀行の宮川暁世産業調査部長が基調講演として説明した。
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工芸とツーリズムが接近した背景には、工芸産業の構造変化がある。
伝統工芸品をめぐっては、バブル景気に沸いた1990年代初頭まで、「工芸メーカーが作った製品を産地問屋が売る」という、分業体制が敷かれていた。そのため、各メーカーは作ったものがどこで、いくらで売られているのかを把握していなかった。
バブル崩壊後に業界全体が地盤沈下する中、2000年代に入ると、「自分たちで作ったものを自分たちで売る」事業者が出てきた。富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」がその先駆けだ。
ここで重要なのは、自分たちの言葉で消費者に製品の価値を伝えること、つまり、独自のブランド戦略に基づき、認知度を高めることだ。そのために、各地で、消費者に産地へ来てもらい、産地の風土や食事も含めて魅力を伝えるツーリズムに力を入れる動きが出てきた。その取り組みは、〈1〉企業単位〈2〉産地単位〈3〉工芸の価値を再発見、再解釈する工芸以外のプレーヤー――によって、各地で新しい事業が展開されている。
インバウンドの増加を受け、2024年の訪日外国人旅行消費額は、8.1兆円に上った。当行が公益財団法人日本交通公社とともに実施した2024年度の訪日外国人旅行者の意向調査では、「伝統工芸品の工房見学・体験/制作や購入」について10%を超える方が「既に体験した」と答えた。また、特に欧米豪の方は「今後体験したい」という意向が4割以上と高い結果が出ていて、工芸産業のさらなる活性化が期待できる。
(2025年6月1日付 読売新聞朝刊より)
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