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2025.10.9

【第19回「読売あをによし賞」】〈保存・修復〉漆器の「縁の下の力持ち」― 「名田庄なたしょう総合木炭生産組合」(福井県おおい町)

窯の前で駿河炭を手にする木戸口武夫さん

文化遺産を守り伝える個人や団体を顕彰する「第19回読売あをによし賞」の受賞者が決まった。「保存・修復」部門には、文化財修復に欠かせない研磨用木炭の製造を続ける「名田庄なたしょう総合木炭生産組合」(木戸口武夫組合長、福井県おおい町)、「継承・発展」部門には、「久留米かすり」の技術を受け継ぐ松枝小夜子さん(69)(福岡県久留米市)が選ばれた。賞金は各200万円。表彰式は〔2025年〕11月3日に大阪市内で開催する。

【 保存・修復 】

研磨用木炭を製造する
「名田庄総合木炭生産組合」(福井県おおい町)

漆・金属工芸や文化財修復に欠かせない「研磨炭」の製造に30年間、取り組んできた。研ぎと塗りを繰り返す伝統工芸品の輪島塗も、最終工程でこの炭を使うことで鏡面のような光沢が生まれるという。組合長の木戸口武夫さん(65)は「人の目には触れない工程だが、漆器の美しさを作る『縁の下の力持ち』です」と胸を張る。

研磨炭のうち、漆器を磨くために使われるのは、ニホンアブラギリが原木の「駿河するが炭」。表面を研磨することで塗りのムラや不純物を取り除き、塗り重ねる漆の接着のよさにもつながる。静岡県で明治期に生まれた製法が、原木の植林がさかんだった福井県の若狭地域で受け継がれてきた。

木戸口さんは、30歳代半ばで事務機械メーカーを辞め、名田庄村(現・おおい町)の東浅太郎氏(故人)に弟子入りした。

炭作りは、年輪が詰まった50年以上の原木を探すところから始まる。所有者との交渉や伐採も自ら行う。原木は2年以上自然乾燥させた後、自作の窯に密閉して焼成する。煙の色やにおいから焼き加減を調整する繊細な作業だ。

品質に厳しい輪島塗の職人から「これなら使える」と言ってもらえたのは、弟子入りから10年が過ぎた頃だった。以来、職人と二人三脚で改良に努めてきた。

原木を入れた窯に火を入れる工程=名田庄総合木炭生産組合提供

その輪島塗の産地・石川県能登半島は、昨年1月の地震で甚大な被害を受けた。約1か月後、現地から炭を求める電話が入った。予約は1年先まで埋まっていたが、急きょ追加で炭を焼いた。「輪島塗の人たちのやる気を止めたくない」という一心だった。

目下の課題は製造の技術をどう次代に引き継ぐかだ。「受賞を機に、一人でも多くの人に研磨炭の存在を知ってもらえれば」と力を込める。

■ 選考委員講評

池坊専好・華道家元池坊次期家元 「需要がなくて廃業するところも多い中、絣を家族で代々されてこられたのはすばらしい。文化や工芸を継承していく心ばえの美しさを感じた」
園田直子・国立民族学博物館名誉教授 「あまり今まで光が当たらなかったものも含めて顕彰できたのはよかった。大勢の日本文化を支えている人がいて、その多様性や奥深さを感じている」
中西進・国際日本文化研究センター名誉教授 「絣と炭、この二つには、言うに言われない、ほのかな温かみがある。これを顕彰することは喜びに堪えない」
三輪嘉六・NPO法人文化財保存支援機構理事長 「継承・発展部門は、いつ途絶えてもおかしくない織物業界を支える人たち全体の受賞でもある」
室瀬和美・重要無形文化財(蒔絵)保持者 「日本人が育ててきた工芸の文化を、複数の分野の人が一緒に支えていることが重要だ」
湯山賢一・東大寺ミュージアム館長 「保存・修復部門では、これがなければ最高の研ぎができないという、専門的な分野に光を当てられた」
平尾武史・読売新聞大阪本社取締役編集局長 「賞の認知も高まっている。伝統を守り、次世代につなぐ活動に貢献し続けたい」

【主催】読売新聞社
【特別協力】一般社団法人文化財保存修復学会
【後援】文化庁、大阪府教育委員会、独立行政法人国立文化財機構、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団、読売テレビ

(2025年10月5日付 読売新聞朝刊より)

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