「やられたらやり返す。倍返しだ」という啖呵とともに、アップでカメラをにらむ。
大好評の連続ドラマ『半沢直樹』(TBS系)の一場面である。
決め台詞を言って見得を切る。個性的な歌舞伎役者が脇をかため、勧善懲悪で物語が進んでいく。鼓や笛の音でも入れば、「これはまるで歌舞伎じゃないか」と思われる方も多いのでは?
そう! このドラマには、日本人が長らく愛してきた「歌舞伎」に通じる要素が多分に詰まっており、それが人気にもつながっているのではないだろうか。今回は、半沢ワールドに通じる歌舞伎の魅力、おすすめの演目をいくつかご紹介し、半沢ファンの皆さまを歌舞伎の世界へご招待したい。
まずは、ドラマを彩る歌舞伎役者を紹介しよう。
前作に引き続く敵役・銀行取締役の大和田暁を演じる香川照之こと、市川中車。映画やドラマでも実力を発揮し、46歳にして歌舞伎界に入った。さすがは実力派俳優ということもあり、最近では女形役者の仇討ちを描いた『雪之丞変化』で、菊之丞をはじめ五役を務めるなど存在感を増している。大佛次郎原作の人情話『たぬき』では主役金兵衛を演じ、コミカルさと人情ある芝居が、憎み切れない敵役としての大和田の役柄にどこか通じる。
同じく前作に続いて登場している、癖の強い金融庁の黒崎駿一を演じる片岡愛之助。一般の家庭に育ちながら、9歳にして片岡一門に入門。二代目片岡秀太郎の養子となって、歌舞伎役者の道を進んできた。『蜘蛛絲梓弦』では花魁姿から蜘蛛の精まで五変化を披露し、喝采を浴びた。切れ者でありながら「オネエ」な黒崎という多面性を持つ役柄にも、その幅広い芸がぴたりとハマる。
そして今シリーズで新たに半沢の前に立ちはだかる銀行の証券営業部長・伊佐山泰二を演じる、市川猿之助。伯父である先代猿之助が築いたスーパー歌舞伎を継承し、『ワンピース歌舞伎』など、新作に果敢に挑戦する一方、能を元にした演目『黒塚』では、しっとりとした舞踊と外連味溢れる鬼女まで演じる。野心家である伊佐山を通じて、猿之助の芯の強さが垣間見える。
今のところ悪役ではないIT社長、瀬名洋介役の尾上松也。六代目尾上松助の子として5歳で初舞台を踏み、今や「新春浅草歌舞伎」で、若手歌舞伎役者たちを座長として引っ張る存在に。今年1月に披露した『寺子屋』では大役・松王丸を見事に演じた。若手を牽引するIT社長という役柄は、歌舞伎界における今の松也にも重なる。
ドラマの物語や演出にも、歌舞伎に通じるところがある。具体的な演目もまじえて紹介しよう。
ドラマは、父が銀行の貸しはがしに遭い自ら命を絶ったことから、主人公・半沢直樹が銀行を変えるため、銀行員として頂点を目指そうと奮闘する物語。その筋立てはまさに、歌舞伎の王道である「敵討ち」。そして、次々と現れる憎々しい悪役たちを叩きのめす「勧善懲悪」の展開に、痛快さを覚える。
歌舞伎の勧善懲悪の作品といえば、市川団十郎家の「歌舞伎十八番」の一つでもある、『暫』がその代表だろう。天下人となる野心を抱く悪者が、自らの邪魔をする善良な人々を捕らえて首を刎ねようとする。すると「しばらく」と大音声が聞こえ、颯爽と現れる鎌倉権五郎。派手な衣装に豪快な隈取りで巨大な太刀を抜き、バッタバッタと敵を倒し花道を去っていく様は、華やかかつダイナミックで、「これぞ歌舞伎」というべき人気の演目だ。
ドラマでは、ここぞという場面に登場人物の顔が「これでもか!」というほどにズームアップされる。これと同じ効果を持っているのが、歌舞伎における「見得」。舞台上で附け打ちの音とともに大きくポーズを決める。その瞬間、観客は固唾をのんでその役者の動きや顔に注目してしまうのだ。
かっこいい見得を堪能できるのが、同じく歌舞伎十八番の一つ、『助六由縁江戸桜』。江戸一番の伊達男・助六が、恋人の吉原一の花魁揚巻を口説こうとする意休に喧嘩を吹っ掛ける。番傘を片手に花道で見せる決めの見得は、見る者の目を引き付けて離さない。
ドラマの中で、敵役である伊佐山が「半沢……」と憎々しげに名を呼んで、「わびろわびろ」と悪態をつく様など、台詞の「キレ」もこの作品の魅力の一つ。江戸の昔から、歌舞伎の名台詞をまねしたい人は大勢いて、ものまねマニュアルとして「鸚鵡石」なる本もあったとか。
思わずまねをしたくなる台詞や啖呵が魅力の演目といえば、『白浪五人男』。個性豊かな5人の盗賊が大暴れする人気の演目だ。女装の盗賊、弁天小僧が正体を明かされた途端、片肌を脱ぎ、「知らざア、言って聞かせやしょう」と流れるように切る啖呵は、歌舞伎を代表する名台詞の一つ。また、盗賊たちが「問われて名乗るもおこがましいが……」など、それぞれの名乗りも、いわゆる七五調の台詞で聞いていて心地よい。
敵役である大和田や伊佐山が不敵に笑うその様は本当に憎らしく、「悪役」だと一目でわかる。テレビにおいては「やりすぎ」とさえ思われる大げさな動きや言い回し、顔の表情などは、歌舞伎では「外連味」と言われる。
枠にハマらない表現である外連味たっぷりの悪役が見られるのが『車引』。異なる主に仕えている松王丸、梅王丸、桜丸の三つ子の兄弟の悲劇を描いた物語『菅原伝授手習鑑』の中の一幕で、松王丸が仕える藤原時平が乗る車を、梅王丸、桜丸が止めようとする。この時平は梅王丸、桜丸の主君の仇であり、悪役の印ともいえる青い隈取りで登場し、「蛆虫めら」と罵る。その迫力は憎いだけではなく、どこか畏怖を感じる存在で描かれており、まさに一目でわかる、最強の「悪役」だ。
ドラマ全編を通して感心するのが、歌舞伎役者たちの佇まいだ。舞台に立つのと同じく、立つ姿、座る姿の美しさ、長台詞の間でもぶれることのない姿勢に、それぞれの役を背負う覇気が感じられる。
今月、歌舞伎座が再開し、歌舞伎公演が5か月ぶりに再開した。まだまだ油断のできない時期ではあるが、ドラマには納まりきらなかった歌舞伎役者たちの魅力を、ぜひ舞台でも堪能いただきたい。
プロフィール
小説家
永井 紗耶子
慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)『横濱王』(小学館)、歌舞伎を題材とした『木挽町のあだ討ち』(小説新潮)など。近著は『商う狼-江戸商人 杉本茂十郎』(新潮社)。第三回細谷正充賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。
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