日本美術の名品は、傷んだ後も手が加えられ、慈しみの心で守り伝えられてきた。陶磁器などでは、造形的な綻びについても卓抜なセンスで繕われることがあり、その芸術性が
愛 でられてきた。美術品の修復や繕いに関する奥深い世界を河野元昭・静嘉堂文庫美術館館長に聞いた。
日本美術品は優しくか弱い。日本画と油絵を比べてみるとよく分かる。つねに修復を繰り返していないと、すぐに傷んでしまう。しかし不思議なことに、修復によって新しい美が生まれ、歴史的な物語が付加され、また未知の発見がもたらされ、その作品の美的価値が高まることがある。
静嘉堂文庫美術館に「
徳川家康が、奈良の塗師である
1994年、静嘉堂による透過X線調査が行われ、「付藻茄子」は陶器の破片をつなぎ合わせ、漆で補修復元されていることが明らかとなった。
審美眼をそなえた武将や数寄者に愛され続けてきたこの茶入が、それ自体すぐれた美質をそなえていたことはいうまでもない。しかし、損壊と修復によってオリジナルの美質が変質したにもかかわらず、いや、それ故にこそ新しい価値が生み出されているという事実に、興味尽きないものがある。静嘉堂文庫創設者で、後の三菱第二代社長・岩崎彌之助が、兄彌太郎から給与を前借りしてまで手に入れたという逸話も納得が行く。
静嘉堂文庫美術館における修理事業として、俵屋宗達の彩管になる国宝「源氏物語
亀裂など損傷箇所が改善されたことはもちろんだが、「関屋図」隻左下の表装に隠れていた紅葉した落ち葉が発見されたことで、秋の物語との
静嘉堂文庫美術館は2022年、東京・丸の内の明治生命館に新しいギャラリーを開館する。明治生命館は、1934年、岡田信一郎・捷五郎兄弟の設計による古典主義様式の建築で、昭和の建造物で初の重要文化財に指定されているが、2005年
保存から活用へ。これも一種の修復事業だが、むしろ積極的な修復事業だといってよいであろう。(寄稿)
こうの・もとあき 1943年生まれ。美術史家(日本近世絵画史)。静嘉堂文庫美術館(東京都世田谷区)館長、東京大名誉教授。美術専門誌「國華」前主幹。
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