イルミネーションが輝き、街はすっかりクリスマス一色になりましたね。そんな中、和を愛する「和文化ことはじめ」は今回、江戸切子の世界をご案内します。カラフルで細やかな模様が入った切子のグラスは、日本酒だけでなく、ワインを注いでも楽しめそう。パーティーシーズンに和のうるおいを与えるのにぴったりです。音月桂さんが向かったのは、江戸切子の店「華硝」日本橋店(東京都中央区)。世界に一つの、オリジナル切子作りに挑戦しました。
「江戸切子は、江戸時代末期にここ、日本橋で生まれたと言われています」。店内に飾られたぐい飲みやグラスを前に、店長の飯吉縁さんが解説してくれます。江戸切子は、日本橋のガラス製造販売業者がガラスに彫刻を施したのが始まりとされ、明治以降はヨーロッパのカットグラスの技術を取り入れて発展しました。国の「伝統的工芸品」にも指定されています。
切子の器は、透明なガラスに色ガラスをかぶせた「色被せガラス」を使って作ります。工程はカット(削り)と磨き。職人がグラインダーと呼ばれる円盤状の研削工具で、外側の色ガラスに模様を彫ります。削った後の断面は濁っており、研磨剤などで断面の一つ一つを磨きます。「弊社では手で磨くため、カットの3倍の時間がかかります。薬剤で一気に磨く方法もありますが、輝きや色合いが全然違います」と飯吉さんは言います。
「あ、かわいい」と音月さんも目を細める、繊細な模様の数々。「工房によって模様は微妙に異なります」と飯吉さん。「麻の葉」やうろこ文様の「魚子」など伝統的な模様に加えて、華硝では市松模様に丸を加えた「玉市松」や、細かな菊をつなげた「糸菊つなぎ」など、オリジナルの柄も。模様の細かな下書きはなく、職人がフリーハンドで彫るといいます。「『麻の葉』も、習得するのに10年はかかりますね」と飯吉さん。
飯吉さんが鍵付きのショーケースから取り出したのが、米粒の形をつなげた模様の「米つなぎ」のワイングラス。2008年の洞爺湖サミットの贈答品にも選ばれた、同社が世界に誇るオリジナルの模様で、削れる職人も一人しかいません。「1つ1つの粒の形も数も、見事にそろっていますね。とても繊細で、光の加減できらめきが違う」と驚く音月さん。「白ワインを、キンキンに冷やして注いで飲んでみたい。きっと優雅でおいしいだろうなぁ」
切子といえば、紅色(赤)、瑠璃色(青)、葡萄色(紫)が伝統色ですが、「大人っぽくてかっこいいですね」と音月さんが気に入ったのは、黒色のグラス。シャープな黒字に細やかな模様が浮き上がっていました。
ひとしきり店内を巡った後は、グラインダーの置かれた作業スペースに移り、カットを体験します。飯吉さんから具体的な工程や機械の使い方を学んだ後は、まずは器選び。色の濃いものは難しいといいますが、音月さんが選んだのは、瑠璃色のぐい飲み。「あえて難易度が高い方に挑戦します」とやる気十分です。
次に、カットする部分に線を引きます。音月さんが悩みながら考えたデザインは……できてからのお楽しみ。
グラインダーの刃の上に、書いた線の部分を当てて削ります。刃はモーターで動きます。水をつけながら回転させるため、削った粉は飛び散りません。「強く押しつけすぎて穴が開いたりしませんか」「大丈夫。思ったよりも削れないので、辛抱強く少しずつ動かすようにしてください」と教えられ、慎重にセットします。
「うわ! 線からずれる……まっすぐに削るのも難しいですね」。早速、垂直の線から削り始めた音月さん、想像以上に力を込める必要があるようです。瑠璃色のガラスを削るうちに、透明のガラスが顔を少しずつ現し始めました。「光が見えてきた。きれい。まるで夜明けみたい」。光が広がり、線状につながり、ようやく1か所を削ることができました。
「つい呼吸を止めちゃって」と、削るたびに大きく深呼吸を繰り返す音月さん。垂直の線を削ったら、今度は線同士をつなぐ斜めの線をカット。「表面が丸くカーブしているから、斜めの線はさらに難しい!」と悲鳴を上げながら、少しずつ模様を作っていきます。飯吉さんは、「圧の掛け方がすごくうまい。初心者とは思えないほど落ち着いておられますね」と絶賛です。
作業をはじめて約40分。まるで4枚の花びらが広がったような模様のぐい飲みが完成しました。
「難しいけれど、楽しかったです。一生懸命作ったので愛着がわきますね」と満足そうな音月さん。カラフルでデザインも豊富な切子は、食器としてだけでなく、小物入れやデコレーションなど、洋の空間にも溶け込みます。そう聞いた音月さん、「そうか。アクセサリー入れにすれば、楽屋にも置いておけますね」と笑顔で話していました。
力の入れ方を少し変えただけで、線がぶれたり、太くなったり、細くなったり。シンプルな模様を彫るだけなのに、大きさや太さをそろえようとすると、とてつもない集中力が必要でした。
集中力というのは、私自身のテーマでもあります。宝塚歌劇団の下級生の頃、歌の先生から「あなたは集中力がない」と言われたことがあって……。私は元々、色々なものを目に入れておきたい、挑戦したいと思ってしまう性格。それまで、何でも貪欲にこなそうとしてきました。だからその時初めて、「集中力を持つにはどうすればいいのかな」とすごく考えました。
舞台で集中力を欠いたり、精神力が弱くなったりすると、けがをしてしまいます。「自分はできる!」と強く信じることが必要。あと舞台が始まる前は、集中するために色々な工夫をしています。靴やズボンを左足から履くなど同じ動作を続けてみたり、片足立ちをしてみたり。
今回の切子作りも、同じように集中力を高め、自分を信じて臨んだという点では、舞台と似ていますね。わずか数十分の体験でもそうなのだから、「米つなぎ」のような細やかな模様を作るには、どれくらい集中しないといけないのだろう。辛抱強さと、模様を完成させる計算と……。まさに、何十年もかかる職人さんの仕事だと実感します。
これからすてきな切子を見ても、ただ「きれいだな」で終わらずに、職人さんの技や、一つひとつの作品に込められた愛情も、一緒に味わっていこうと思います。(談)
● 江戸切子の店「華硝」日本橋店
東京都中央区日本橋本町3-6-5
午前10時~午後6時、年中無休切子作りの体験ができる(1回60分、税込み5500円)。申し込み・問い合わせは同店( 03-6661-2781)へ。
(企画・取材:読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来、撮影:金井尭子)
※音月さんの今後の記事の更新情報などは、紡ぐサイトの公式ツイッター( @art_tsumugu)で配信します
プロフィール
女優
音月桂
1996年宝塚音楽学校入学。98年宝塚歌劇団に第84期生として入団。宙組公演「シトラスの風」で初舞台を踏み、雪組に配属される。入団3年目で新人公演の主演に抜擢されて以来、雪組若手スターとして着実にキャリアを積む。2010年、雪組トップスターに就任。華やかな容姿に加え、歌、ダンス、芝居と三拍子揃った実力派トップスターと称される。12年12月、「JIN-仁/GOLD SPARK!」で惜しまれながら退団。現在は女優として、ドラマ、映画、舞台などに出演している。
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