鑑賞、盗難対策、共生社会づくり――。複製の目的は多岐にわたっている。時には複製品が修復の手助けとなることもあり、文化財保護の観点で重要な役割を果たしている。文化芸術に親しむ上でも、鑑賞者と作品との距離を縮めてくれ、その技術の高さを改めて知る機会にもなる。複製という行為の背景には、本物に対する大きな敬意や関心があると言えるだろう。
東京国立博物館のミュージアムシアターの大型スクリーンに国宝「洛中洛外図屏風 舟木本」の高精細映像が映し出された。京都一円を俯瞰し、2700人以上が描かれた江戸時代の都市風俗図だが、拡大すれば、一人一人の表情がはっきりと見える。
同館が監修し、TOPPAN(東京都文京区)が制作したVR(仮想現実)作品。コンピューターグラフィックス(CG)で作った仮想空間の中に配置したCGの美術品を、鑑賞者は本物と同じような見え方で味わえる。
コントローラーを使って作品の回転や拡大も可能だ。背景や照明、煙幕などの特殊効果を自在に組み合わせることもでき、現実ではあり得ない鑑賞環境も実現させた。
同社は、1998年から高精細映像による文化財のVR作品化に取り組んでいる。同館所蔵の国宝「松林図屏風」など絵画のほか、仏像や正倉院(奈良市)など立体や建築物も、3次元計測技術を用いてVR作品にできる。実見の機会が限られる重要文化財の細部を存分に見られることから、研究者からの貸し出し依頼も寄せられるという。
同館での上映は2007年から、新たな鑑賞体験の提供を目的に共同で始めた。解説などを加えて15~30分程度に編集した映像を流す。これまでに約50作品を制作したという。
屏風を透かして表と裏に描かれたものの関係を紹介したり、壺の中に入った映像を見せたりと、「文化財への興味と理解が深まるように、VRならではの工夫を凝らしている」と、同社文化事業推進本部の奥窪宏太課長は説明する。
被災文化財の修復にも役立っている。16年の熊本地震では熊本城の石垣が崩壊したが、過去に制作した熊本城のVR作品や、その制作のために撮影した写真が、一つ一つの石材の位置を推定するのに活用された。
奥窪課長は「今後も、VR作品などデジタルでの記録保存を進めていきたい」と話している。
VR作品「洛中洛外図屏風 舟木本」は、水~日曜と祝日に有料で上映している。〔2024年〕7月15日まで。
(2024年6月2日付 読売新聞朝刊より)
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