日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2019.11.27

【外交官アート日記】イタリア文化会館館長「訪日客は倉敷や別府も見てほしい」

イタリア文化会館のパオロ・カルヴェッティ館長インタビュー

イタリア文化会館のパオロ・カルヴェッティ館長。館内のイベント会場で

イタリア政府機関であるイタリア文化会館(東京・千代田区)のパオロ・カルヴェッティ館長が「紡ぐプロジェクト」のインタビューに応じてくれた。来年は東京五輪・パラリンピックの開催で、イタリアや欧州から日本を訪れる観光客も多くなると見込まれる。ベネチアのカ・フォスカリ大学教授(日本語学)でもあるカルヴェッティ館長は「訪日客には、高層ビルが多い東京だけでなく、日本らしさが際立つ地方も堪能してもらいたい」と滑らかな日本語で語ってくれた。

―― 紡ぐプロジェクトの「美を紡ぐ 日本美術の名品」展(2019年5月3日―6月2日・東京国立博物館)を鑑賞されたと聞いている。ご感想を。

私は日本が専門なので、時間さえ許せば、博物館や美術館によく行く。「名品展」は特別な催しと知っていたから、見たいと思っていた。展示されていた狩野永徳の「唐獅子図屏風びょうぶ」は現代アートに通じる要素があり、インパクトがあった。これが描かれた当時、日本にはライオンがいなかったはずだから、シュールレアリスムを感じる。雲気は獣毛にも見えるし、目はダルマのようで、非常に面白い。東京国立博物館では、同時に開かれていた「国宝 東寺」展も見た。

―― 仏教や仏像に関心があるのか。

先日、東京・江東区の骨董こっとう品店に行ったが、その時、仏像を買おうと思いながら、結局買わなかった。宗教は文化の重要な要素ではあるが、私自身は不可知論者で信仰を持たない。仏像は信仰と関係するものだから、信者ではない私がオブジェとして購入し、うちに飾って良いものか…。いつもここのところで悩んでしまう。ただ、仏像というものは、非常に美しいものだ。

欧州で日本美術の展覧会というと、どうしても浮世絵展に偏りがち。日本の中世やもっと古い時代のものも、もっと展示した方が良いと思う。日本の彫刻については、欧州にも詳しい専門家はいるが、一般の人たちは、中国、韓国、日本の彫刻がどういうものか全く知らない。運慶さえ、知らない。知っている日本のアーティストはと尋ねると、必ず「北斎」との答えが返ってくるが、日本は彫刻にもいいものがたくさんある。

1990年代にさかのぼるが、文化庁が関係した Il Giappone prima dell’Occidente(西洋が訪れる前の日本)展がローマのパラッツォ・デレ・エスポズィツィオーニで開かれ、色々なお寺から大きな仏像が運ばれてきた。宣教師たちが入る前の日本をテーマとした展覧会で、縄文時代の器や埴輪はにわ、平安、鎌倉時代の巻物や掛け軸など、様々なものが展示された。評判がよく、入場者も多く、反響が大きかった。こういった展覧会がもっと開かれるといい。イタリアでは、現代日本のアートデザインも少しはやりつつあるが、全体としては、日本美術の偏った紹介の仕方が続いていると言わざるを得ない。

イタリア関連の蔵書が豊富な図書室で
修復を支援すると、特典がある「アート・ボーナス」

―― 官民が連携して美術展を開いたり、傷んだ美術品を修理したりする「紡ぐプロジェクト」のような事業はイタリアにもあるか。

イタリアには保守的なところがあって、美術品は国が保護・管理するものだという考え方が根強い。しかし、近頃は官民が一緒にやる方法も検討されており、「アート・ボーナス」と呼ばれる制度もある。企業は美術品の修復などを支援すれば、投資分の税控除を受けられることになっている。ローマのコロッセオ(コロセウム)の修復に、靴メーカーのトッズが絡んだ例もある。トッズは文化事業に熱心で、2500万ユーロ(現レートで約30億円)もの修復費を投じた。トッズはその代わり、コロッセオ関連の画像著作権を一時的に付与された。これには反発もあったが、コロッセオはきれいに修復された。ローマのピラミデ・チェスティア(ガイウス・ケスティウスのピラミッド)の修復を日本のアパレル企業が支援したケースもある。

日本も伝統の長い国だ。美術品の修復をすべて国がまかなうのは無理な話だ。紡ぐプロジェクトのような取り組みには、日本人の方が敏感なのではないか。支援するメリットがもっとあれば、可能性が広がるのではないか。

―― 「日本の美」とは何か。どう定義できるか。

難しい質問だ。答えはない。国民性や国の特徴といったことを意識するようになったのは近代国家が成立してからだ。こういった概念には、今もそれなりの意味があるが、「美」については、もっと普遍的に考えるべきではないか。「イタリアの美」とは何かと問われても、やはり難しい。近代国家としてのイタリアが始まったのは日本の明治の頃だが、それでも「イタリア・ルネサンス」という言い方がされる。「イタリア」の特徴は確かにあるはずだが、時代によって異なるし、同時代の美術品であっても、大きく異なることがある。この質問には、答えがないということだ。「日本の」「イタリアの」が問題なのではなく、その美が普遍的なものであるかどうかだ。

とはいえ、日本の傑作を鑑賞していると、繊細さが際立つ。美術の専門家ではないが、中国と日本の同時代の作品を見比べると、日本の繊細さが際立っていると感じられる。このようなことを言うと、専門家にしかられるかもしれないが…。

会館を訪れる人たちのための連絡ボードがある廊下で

―― 平成から令和への移行をどう受け止めたか。

私は日本人ではないが、それでも新元号の発表をテレビの前で待った。「令和」が発表された瞬間、強い印象を受けた。日本に変化が起きているということを、日本人ではない私も強く感じた。日本人は私以上のものを感じたのではないか。「令」と「和」という漢字が出典である万葉集でどのように使われていたかはともかく、新元号としては、もっと平和な時代が期待されているのだろうと受け止めることができた。新天皇陛下は私より一つ二つ年下だ。日本は世界の平和のために重要な役割を果たせる国。新天皇陛下も、かなりの役割を果たされるのではと期待している。

―― 近頃はイタリア人観光客をよく見かけるようになった。訪日客が増えているのか。

イタリア人訪日客は米仏に比べれば、まだ数が少ないが、2019年は、これまでで一番増加した年だとされている。イタリア人は以前から日本の文化に興味を持っていたが、大きく変わったのは、今はポップカルチャーや和食に対する興味が強まっているということだ。「遠くない国」だということが分かってきたのだと思う。

―― 訪日するイタリア人は滞在中に何を見ればよいと思うか。

イタリア人はいったん旅をすると決めたら、短期間の旅はしない。だから、東京だけでなく、日本の地方もじっくり見てもらいたいものだ。高層ビルだけではなく、倉敷や別府も見てもらいたいということだ。美術館や博物館も見てもらいたい。観光案内所でイタリア語を見かけることはあまりないが、スペイン語、フランス語があれば、不自由はしない。日本は安全だから、難に遭うことはあまりない。イタリア人にとって、楽しい旅になるのではないかと思う。

初めて日本を訪れた友だちには、谷中(東京・台東区)を見せたいし、上野の東京国立博物館も見てもらいたい。平成館、法隆寺宝物館はぜひ、見ておいた方がいい。日光、鎌倉へは東京から簡単に行けるから、やはり見ておくべきだ。日光や鎌倉を見ずに通好みのところだけを巡っても仕方ない。ローマまで行って、コロッセオを見ないようなものだ。

執務室でベネトンの「イマゴ・ムンディ(世界像)」事業について語る

―― 日伊文化交流で課題があるとすれば、何か。

赴任して2年が過ぎた。任期は4年なので、あと2年しかいられないということだ。永久に日本にいたいものだが、それはできない…。

館長に着任してから、日本で既によく知られているイタリアのもの以外のものを紹介したいと思ってきた。ミケランジェロ、ダビンチ、カラヴァッジョは誰でも知っているが、イタリアの現代アート、20世紀のアバンギャルドなどはあまり知られていない。音楽なら、イタリア・オペラがよく知られ、ベルディはもちろん重要だが、毎日のようにどこかでやっているから、改めて紹介する必要はないだろう。しかし、イタリアのジャズのレベルが高いことは知られていないし、現代音楽もそうだ。知られていないことをやろうとすると、商業リスクが高いので、なかなか賛同が得られないが、イタリア文化会館ではこういったものに力を入れていこうと思っている。来年は五輪開催中、(ファッション・ブランドの)ベネトン系財団が進める「イマゴ・ムンディ(世界像)」事業に会場を提供する予定だ。この事業は、世界のアーティストに「12 センチ×10センチ」サイズの小さな作品を手がけてもらい、それを収集して将来のために保管しておこうというもの。東京でも、イタリアや日本のアーティストの作品500点を集め、展示したいと思っている。

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