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2019.12.20

【ボンボニエールの 物語vol.12】昭和8年 上皇さまご誕生の物語

犬張子形 皇太子(上皇さま)御誕生御内宴 (個人蔵)

昨年まで、つまり平成の御代みよは、12月23日は天皇誕生日の祝日。24日のクリスマスイブとクリスマスと3日続いての祝祭日で、何となく心躍った。

さかのぼること80余年、昭和の時代、昭和8年(1933年)のこの日は「何となく心躍る」、などという生易しいレベルではなく、日本中が喜びに満ちてあふれていた。待ちわびた皇太子さま(上皇さま)の誕生の報に接したからである。

皇太子殿下の御誕生!

昭和天皇と皇后は大正13年(1924年)1月26日に結婚された。その後、大正14年(1925年)に照宮てるのみや成子しげこ内親王、昭和2年(1927年)には久宮ひさのみや祐子さちこ内親王、昭和4年(1929年)には孝宮たかのみや和子かずこ内親王、そして昭和6年(1931年)に順宮よりのみや厚子あつこ内親王が誕生したが、いずれも内親王・皇女であった。

ようやく結婚10年目、第5子にして、初めての男子・皇太子が誕生したのである。皇室・宮内省のみならず、国内の喜びの沸き立ち方は並々ならぬものがあった。新聞はもちろん号外を出し、その社屋もイルミネーションを施し、街には電飾をした花電車が走り、人びとは提灯ちょうちんを手に東京市内を練り歩いた。先日の御即位祝賀パレードが町中で行われ、しかも何日も続くような光景であったのであろう。

さらには、同じ日に生まれた男子に記念のメダルが贈呈されたり、北原白秋作詞・中山晋平作曲の『皇太子さまお生まれなつた』が制作されたり、横山大観から絵画が献上されたり、その他、お祝い案件は枚挙にいとまがない。

誕生した皇太子さまのご称号は「継宮つぐのみや」、お名前は「明仁あきひと」。これは父、昭和天皇による命名という。そしておしるしは「えい」となった。

「お印」とは皇族・華族が、記名の代わりとして、身の回りの品につける印章のことである。その昔、高貴な人に仕える人々が、高貴な方の名前を直接口にするのは畏れ多い、ということでできた風習という。

お印は植物にまつわるものがよく用いられ、男性皇族は植物、女性皇族は花であることが多い。例えば昭和天皇のお印は「若竹わかたけ」、今上陛下のお印は「あずさ」、皇后陛下は「ハマナス」、愛子さまは「ゴヨウツツジ」である。

上皇陛下のお印「榮」は文字で、「草花が盛んに茂る様子」を意味する。明治天皇のお印も文字の「永」で、大正天皇もやはり文字「壽」であった。その他、彬子女王殿下の「雪」、瑶子女王殿下の「星」といった植物ではないが、とてもキラキラしたものもある。お印はボンボニエールの意匠に欠かせないアイテムなので、お印については、今後も頻繁にお話しすることになる。

可愛い! お誕生祝宴のボンボニエール

皇太子殿下御誕生を寿ことほぐ宮中祝宴は、翌昭和9年(1934年)2月23日から24日、26日、27日の4日間にわたり、宮中豊明殿ほうめいでんで開催された。このうち1日目の招待者に配られたのが、舞楽兜形ボンボニエールである。舞楽「万歳楽まんざいらく」に用いられる鳥甲とりかぶとを模して作られた。

舞楽兜形 皇太子(上皇さま)御誕生宮中饗宴(学習院大学史料館蔵)

そして、皇太子さま御誕生御内宴おんないえんの際に配られたのが、犬張子形ボンボニエールである。大きさ3.0×5.4×5.0センチ。まんまるお目目にぷくぷくとした体形がなんとも愛らしい、しかも菊の御紋を背負っているという高貴さ。全ボンボニエールの中で一番可愛かわいくて、これだけは自分の手元に置きたいと私が切望している、その子である(もちろんまだ手元に持っていない)。

室町時代以降、公家や武家の間では、出産にあたって産室に「犬筥いぬばこ」という張り子の犬を置いて、出産の守りとする風習があった。お雛様ひなさま飾りや徳川美術館などの展示でご覧になった方もいらっしゃるかもしれないが、犬筥の犬はもっと平面的な顔立ちをしている。このボンボニエールは、むしろ江戸時代に一般庶民の間で安産や子育てのお守りとして作られた犬張り子の方である。いずれにしても皇太子さまの健やかな成長を願ってのボンボニエールである。

今年、上皇さまは86歳になられる。いつまでもお健やかにお過ごしいただけますように、心よりお祈り申し上げます。

長佐古美奈子

プロフィール

学習院大学史料館学芸員

長佐古美奈子

学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。

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