ひな道具とボンボニエール
3月3日はひな祭り。毎年この時期になると全国各地の美術館・博物館では「ひな祭り」を特集とした展覧会が開催されていたが、今年は休館となってしまったところも多い。その代わりと言ってはなんだが、せめてこのウェブサイト「紡ぐTSUMUGU: Japan Art & Culture」上で旧暦のひな祭り(今年は3月26日)をお楽しみいただければと思っている。
大名家や商家などが贅 ( ぜい ) を尽くしたひな人形とひな道具はいつまでも飽くことなく観 ( み ) ていられる。特にひな道具は、日本美術、工芸の匠の技が惜しみなく投入されたミニアチュールの粋。ボンボニエールに通じるところが多くあるのである。
実際、ボンボニエールがまだあまり知られていなかった頃(今でもメジャーになったとは言い難いが)、「ひな道具」として骨董 ( こっとう ) 品店や、オークションで販売されているものをよく見かけた。漆のボンボニエールや、明治期に多く作られた銀製のひな道具は、単独で出てきたらボンボニエールとの区別をつけるのは至難の業 ( わざ ) である。そこで私の勝手なボンボニエール・ひな道具区別ポイントをあげてみよう。
菊御紋が付いていたらボンボニエール 蓋や引き出しが開かない場合はひな道具であることが多い(と思っていたが、根津美術館開催の「虎屋のおひなさま」展に陳列されているお道具類は小っちゃいのに、ちゃんと開く!) 例えば、貝桶に貝などの中身が入っていたらひな道具
――という感じだが、皆さまはどう思われるだろうか。
貝桶形ボンボニエール 径4.0cm×高5.5cm (学習院大学史料館蔵)
ひな道具・貝桶(真多呂人形提供)
香淳皇后のお印・桃文様のボンボニエ―ル
ひな祭りはもともとは「上巳 ( じょうし ) の節句」といい、桃の花が咲く季節であることから「桃の節句」とも呼ばれる。ひな人形に桃と菜の花を添えて飾ると何とも春らしい、華やいだ雰囲気になる。
皇室でもこの日は桃の節句にちなんだ飾りやお供え物をする。『宮中 季節のお料理』(扶桑社)の写真からは、御所の和室に、ひな人形や雅楽を奏する伶人 ( れいじん ) の人形が飾られ、その前にお供えの三宝 ( さんぽう ) が9個並べられている。
三宝には菱餅 ( ひしもち ) 、真白い薯蕷 ( じょうよ ) 饅頭 ( まんじゅう ) に赤い点をつけた愛らしい笑顔饅 ( えがおまん ) 、蛤 ( はまぐり ) 、桜餅、海苔巻 ( のりまき ) ・鯛押寿司 ( たいおしずし ) 、栄螺 ( さざえ ) 、ひなあられ、さおもの菓子の大海原 ( おおうなばら ) 、ねりもの菓子の桃型がそれぞれ載せられている。これは毎年同じものが供えられる。そしてお節句にちなんだお夕食も召し上がられる。このお節句料理を召し上がる習わしは上皇・上皇后陛下がはじめられたと言う。
ひな祭りにちなんだボンボニエールといえば、やはり「桃」のものであろう。
桃形 昭和9年(1934年)12月22日 北白川宮佐和子女王御結婚御送別 6.3×3.2×4.1cm(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)
ずばり、桃の形そのもののボンボニエールは、以前ご紹介した、北白川宮 ( きたしらかわのみや ) 佐和子 ( さわこ ) 女王と東園 ( ひがしその ) 基文 ( もとふみ ) が昭和9年(1934年)12月22日に結婚した際の、北白川宮家での送別の際のものである。⇒【ボンボニエールの物語vol.14】皇室 新年の物語 その2
佐和子女王のお印である桃が、そのまま径3cmほどのボンボニエールとなっている。おそらく中には金平糖などの菓子が入っていたと思われるが、桃太郎が飛び出してきてもおかしくない風情を醸し出しており、遊び心が感じられる一品である。
桃印は昭和天皇の皇后・良子 ( ながこ ) さま(香淳皇后 ( こうじゅんこうごう ) )のお印でもあった。写真は昭和48年(1973年)3月9日に開かれた古稀 ( こき ) 御祝記念のお茶会の際のボンボニエール。径6.0㎝の銀製香合形の蓋部分に桃の枝が彫られており、花の蕊 ( しべ ) の部分には金があしらわれている。優しく美しいボンボニエールである。
丸形桃枝文 昭和48年(1973年)3月9日 香淳皇后古稀御祝記念茶会 径6.0×高2.2cm(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)
その後の昭和58年(1983年)4月27日の八十賀御内宴、平成3年(1991年)3月6日の米寿記念の際にも桃文様のボンボニエールが作られた。明治36年(1903年)の桃の季節、3月6日にお生まれになった香淳皇后、そしてひな祭りにふさわしいボンボニエールでもある。
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
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