10月22日は「即位礼正殿の儀」が執り行われた。令和初のボンボニエールと挿華は、4回行われる「饗宴の儀」(10月22日、25日、29日、31日)と2回行われる「大饗の儀」(11月16日、18日)で下賜されるはずだ。
明治中期の皇室に出現したボンボニエールは、大正期から昭和初期にかけては、皇室・皇族のみならず、華族家、公共団体、会社、一般家庭に至るまで制作されるようになり、大流行期を迎える。その契機となったのは、紛れもなくの大正天皇の「御大礼」(即位礼と「大嘗祭」の諸儀式)であった。
大正4年(1915年)11月10日から17日にかけて京都で行われた大正の即位礼は、明治までとは異なる形式で行われた。令和の即位の礼の基準となる部分も多い。当初は前年の同3年に執り行われる予定であったが、同年4月11日に昭憲皇太后(明治の皇后美子)が崩御したことにより、1年延期された。
御大礼が京都で行われたことから、東京から京都まで天皇が乗車される豪華なお召し列車が走り、京都では博覧会が開催された。各国元首や参列者の宿泊施設や接遇員が足りず、各地からヘルプが呼ばれた。東京でも奉祝のための門が仮設され、造花や電灯で飾り付けられた市電・花電車が走るなど、国家を挙げての祝典となった。
11月10日午前に京都御所に移設された賢所において、天皇が先祖に即位を報告する儀式が行われ、次いで14、15日には、大嘗祭が行われた。大嘗祭は、即位された天皇がその年の新しい収穫物を神々に供えて、五穀豊穣を感謝し、国家の安寧を祈念する儀式である。この儀式を終了して初めて正式に天皇に即位されたことになる。過去には、大嘗祭を行わずに退位した天皇もおり、半人前の天皇ということで「半帝」と呼ばれたという。大嘗祭はそれほど重要な儀式なのである。
16、17日には、二条離宮(二条城)で大饗の儀が開催された。大饗の儀は、収穫された新作物を天皇より賜る節会、つまり収穫祝いのお振る舞いの宴会。16日の大饗第一日には、各地方の特産物による和食が供された。その際に、銀製の挿華が列席者に下賜された。
古代において臣下たちは冠に花を挿して、天皇の前にて舞い踊った。その花を挿華と呼んだ。平安時代以降は、天皇即位の際に、台に載せた造花が飾られるようになった。それも挿華と言った。大正天皇の即位にも大きな銀製挿華が献上され、そのミニチュア版が列席者にも下賜されたのである。挿華の制作下賜の慣習は、昭和、平成にも受け継がれ、令和においても予定されている。
大正の挿華は、京都御所内裏の南庭の桜と橘を模している。お雛飾りにも欠かせない、左近の桜、右近の橘である。それを全長23センチほどの大きさで、銀で制作しているが、その造作の細かいこと、細かいこと。特に、花の中の蕊は圧巻である。制作にあたったのは、東京美術学校(現・東京芸術大学)嘱託の平田重幸。平田は、17日の大饗第二日に下賜された入目籠形のボンボニエールの制作も担当した。入目籠とは、大嘗祭において、神に捧げる神衣を入れる神器のこと。これも繊細な竹編みを銀で表現している。
大饗第二日の昼と夜のメニューは、即位礼としては初めての洋食となった。列席者2000人を超える晩餐会の献立から調理まで、全てを取り仕切ったのが、「天皇の料理番」であった秋山徳蔵である。その秋山による洋食献立はスッポンのコンソメや鱒の酒蒸し、七面鳥の炙り焼きなど。その中で異彩を放っていたのは、ザリガニのポタージュである。フランスではザリガニを食べることが一般的だったので、秋山が手を尽くし、北海道から4000匹のザリガニを京都二条城に移送した。しかし、式典に近づいたある日、ザリガニが厨房からいなくなる事件が起きたのである。逃げ出したザリガニたちは厨房内の暗闇に潜んでおり、結局は、ほぼ全てが捕獲されたのであるが、秋山は料理が作れなかったら、腹切りも覚悟していたという。
この騒ぎのあった夜宴の際には、大嘗祭の神器を象った柏葉筥形のボンボニエールが配られた。柏の葉の重なりを銀で表現し、紐のかかる部分の葉には、わざわざ折り込みを作るという細かい仕様がなされている。
京都での諸儀式を終えて、12月7日、8日には、宮中饗宴が催されたが、この際には、八稜鏡形ボンボニエールが下賜された。
この頃より、ボンボニエールには品位(金属の含有量)や製造者を表す刻印が認められるようになる。八稜鏡形ボンボニエールでは、「三越」「玉屋」「村松」などの業者名を確認することができる。数千個という大量生産に対応するために、分散して発注制作されていたのである。
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
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