葦の茂る水辺に漁網が干される、ただそれだけのモチーフが一双の大画面に広がっています。遠景には帆船がみえますが、葦は淡水か汽水に自生しますので、ここは大きな河の畔か、向こうに大海が広がる河口付近なのでしょう。早朝の漁を終えて、几帳面に手入れされ、干されたいくつもの網が作るリズミカルな曲線が美しく金地に映えています。よく見れば網の糸の色や描き方も異なり、全体の構図と細密な線描、微細な金銀砂子の加飾への絵師の心配りが見える優品です。
季節はいつなのでしょうか。左右の葦に目をやると、向かって右の右隻はつややかで青々とした葉が繁茂しています。さわれば手が切れそうなほど勢いのある鋭角な葉の形状と、むっとした草いきれを感じるほどの密集から、春夏なのでしょう。一方の左隻の葦は、穂が風に揺れ、葉先は黄色く色づいて、秋の訪れを感じさせます。葦の葉が指す左上の中景へと目を転じれば、そこには枯れた葦に細雪が降り、季節が冬へと移り変わったことを告げています。
古くは中世の絵巻や水墨山水画の一場面として描かれた網を干す様子ですが、室町時代後期から江戸時代初期にかけて主要モチーフとして描かれる作例がみられるようになることから、この頃に単独の画題として成立したと考えられます。画中に絵師の落款印章はありませんが、この屏風が旧桂宮家伝来の作品であることから、その前身で前田家とゆかりの深い八条宮家の初代智仁親王と親交のあった海北友松(1533~1615年)が手掛けたものとみられています。修理により屏風の下張り文書から1602年(慶長7年)の年記が発見されたことから、それから程なくして制作されたと推定されます。
網干図屏風は海から離れた場所でも漁村を想起し、その平穏な暮らしを心に思い描く調度となっています。能登半島地震・奥能登豪雨で被災された皆様、またご自宅から離れて不自由な暮らしをなさっている皆様のご健康と一日も早い復興を心より願っております。(皇居三の丸尚蔵館 特別展課長 瀬谷愛)
「ひと、能登、アート。」
【会期】12月21日(日)まで ※会期中無休
【会場】石川県立美術館(金沢市出羽町)
【観覧料】一般1000円など。
能登(石川県内灘町以北)在住者は無料
【問い合わせ】(電)076・231・7580
※「網干図屏風」は本展で通期展示されています。
(2025年12月7日付 読売新聞朝刊より)
石川県立美術館