「おたから、おたから」の呼び声で紙に刷られた宝船の絵を売り歩く「宝船売り」の行商の姿は、江戸の面影を色濃く伝える正月の風物詩として、約100年前の大正の頃までは、市中でよく見られたという。
宝船の絵は、正月2日や節分の夜に良い夢をみるために枕の下に敷き、悪い夢を見た時は川に流して幸を願った。室町時代には禁裏で行われていたとされる習わしだが、江戸時代になって、庶民にまで広がった。
古くは稲穂を載せただけの宝船だったが、次第に米俵や「打ち出の小槌」などの宝物が積載され、七福神がにぎやかに乗り込み、人々の現世利益の願いが満載されるようになった。しかし、その本来の役割は、この世と異界を結んで幸を招き、災いをかなたへ流し去るための仕掛け、まじないにある。
新春にあたり、玳瑁(ウミガメ科のカメの甲羅)で作られた、いわゆる「鼈甲細工」の宝船を紹介したい。日輪に鶴が描かれた帆をかけ、波を切って進むこの船は「長崎丸」。大正初期の長崎県の主要な物産品27種を積み、真珠や珊瑚、磁器の壺、柑橘や鮮魚、牛や馬、石炭、スクリューなどの造船部品といった船荷が所狭しと配置されている。
船首は想像上の水鳥である鷁で飾り、両側面に十二支の動物たちが蒔絵で描かれ、めでたさを一層高めている。船は木胎に玳瑁を貼り、部分によっては透明度が高い材を使っている。積荷のほか、帆綱までが玳瑁で作り込まれている。
手がけたのは、長崎市内で鼈甲店を営み、優れた技を伝えた江崎栄造(六代、1878~1965年)。本作は1916年(大正5年)、大正天皇が福岡県に行幸した折に、長崎県から献上された。長崎の産業のあらましを天皇に伝えるために作られたこの大作は、皇室と長崎を結ぶ船でもある。皇居三の丸尚蔵館で開催中の展覧会「瑞祥のかたち」で、細部までご覧いただければと思う。
(皇居三の丸尚蔵館管理・情報課長 五味聖)
◆ 展覧会「瑞祥のかたち」
【会期】3月2日(日)まで。月曜休館。祝日の1月13日、休日の2月24日は開館。1月14日(火)、天皇誕生日の2月23日(日)、同25日(火)は休館
【会場】皇居三の丸尚蔵館(皇居東御苑内)
【問い合わせ】050・5541・8600(ハローダイヤル)
(2025年1月5日付 読売新聞朝刊より)
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