同じ演目でも、役者の組み合わせ次第で芝居の味は変わる。同じ役者の同じ役でも、年齢や経験値に応じて演技の質が変化していく。座組の妙味や役者の成長を感じ取るのは、歌舞伎の大きな楽しみでもある。
今年、没後300年を迎える近松門左衛門の代表作「曽根崎心中」は、戦後の1953年に復活上演されて大ヒットした。お初を演じた二代目中村扇雀(後の坂田藤十郎)は「扇雀ブーム」を巻き起こし、亡くなる2020年までに1400回以上演じた。
その孫、中村壱太郎は10年3月、弱冠19歳でお初に挑戦した。12年の2回目を経て、今月、大阪松竹座で3度目のお初を演じている。
初役の時、祖父は決して詰め込みの指導はしなかった。当時は、分からないことだらけで困惑したが、33歳になった今、祖父の胸の内が想像できる。「この作品には余白のような部分があって、それを『これから自分で培いなさい』という意味だった」
ここ数年、「作品の継承」についても真剣に考えてきた。一門で継承していく責任はもちろんだが、「多くの役者が演じてみたいと思う作品として未来に残す」という大切さも痛感する。過去2回はいずれも、父・四代目中村鴈治郎が徳兵衛を演じたが、今回初めて尾上右近とコンビを組んだ。
東京出身で、立役と女形両方で活躍する右近は、現在31歳。江戸と上方の歌舞伎に「垣根があるとは思っていない。役に挑戦するという気持ちは同じ」と真っすぐ向き合った。「自分だけの挑戦ではなく、後に続く人たちにとっての可能性を生み出す行為。進んだ道がほかの役者にとって一つの選択肢になれば」と願う。
ともに30歳代の役者が演じるお初・徳兵衛は、疾走感にあふれ、究極の愛を記憶に焼き付けた。初々しさから一転して大人の色気と深い情を感じさせた壱太郎。上方の優男という徳兵衛像に、爽やかな風を吹き込んだ右近。10回、100回そして1000回と、重ねていく二人の道行を見てみたいと思った。
(編集委員 坂成美保)
曽根崎心中 1703年、実際に起きた心中事件を劇化した人形浄瑠璃として大坂・竹本座で初演された。近松門左衛門が、同時代に生きる市井の人々を描いた「世話浄瑠璃」を確立した記念碑的作品。後に江戸幕府は心中物の上演を禁止し、原作の上演は途絶えたが、1953年に宇野信夫脚色・演出の歌舞伎で復活上演された。この時、二代目中村扇雀がお初、二代目中村鴈治郎が徳兵衛を演じた。55年に文楽でも復活し、人気演目となっている。
◇立春歌舞伎特別公演 〔2月〕18日まで、大阪松竹座(大阪市中央区)で上演中。昼の部(午前11時開演)は片岡愛之助らの「源平布引滝」。夜の部(午後4時開演)は中村鴈治郎、愛之助、中村壱太郎、尾上右近らの「新版色讀販 ちょいのせ」、中村扇雀、虎之介の「連獅子」、「曽根崎心中」。(電)0570・000・489。
(2024年2月14日付 読売新聞夕刊より)
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