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2025.2.12

情愛の「狐」獅童が熱演 ― 義経千本桜「四の切」

中村獅童演じる「佐藤忠信実は源九郎狐」は、狐の本性を現し、父母恋しさに、鼓を持つ静御前を追ってきたいきさつを明かす=いずれも中原正純撮影

歌舞伎には「実は……」のパターンが多い。登場人物が正体を現す場面はしばしば描かれる。「白浪五人男」では、呉服屋の店先に現れた美しい娘が、実は男で、片肌脱いで「弁天小僧」を名乗る。役名自体が「○○実は○○」となっていることも少なくない。

今月〔2025年2月〕、大阪松竹座で上演されている「義経千本桜」も「実は……」がオンパレードの作品だ。二段目「渡海屋・大物浦だいもつのうら」の廻船かいせん問屋・銀平は、実は壇ノ浦合戦を生き延びた武将・平知盛とももりで、入水したはずの安徳天皇はその娘「お安」を名乗っている。三段目「すし屋」では、平維盛これもりがすし屋の使用人・弥助として登場する。

極め付きは、四段目のきりにあたることから「の切」の通称で知られる「川連法眼館かわつらほうげんやかた」。源義経の忠臣・佐藤忠信が、実はきつねだったという奇想で観客を驚かせる。大阪松竹座では、「佐藤忠信実は源九郎ぎつね」を中村獅童しどうが演じている。

源義経(奥、中村扇雀)は狐親子の情愛に心を動かされる

桜の名所・吉野山にある川連法眼の館に、兄・頼朝に追われる義経(中村扇雀せんじゃく)がかくまわれている。そこへ義経の忠臣・佐藤忠信(獅童2役)が到着する。忠信は静御前(中村壱太郎かずたろう)の供で旅しているはずだと、いぶかる義経。話が食い違う。

ほどなく、静御前も館に到着。なぜか、付き添いの忠信の姿がない。静御前が打つ鼓の音に誘われて、こつ然と現れたもう一人の忠信(獅童)は、狐の本性を現し、独特の「狐詞きつねことば」で身の上を語り始める。朝廷の雨乞いのため、両親は鼓の革になり、親恋しさに鼓を追ってきたという。

忠信の姿をした源九郎狐は、身の上を語り始める
静御前(右、中村壱太郎)が打つ鼓の音に誘われて登場した忠信の姿の源九郎狐(獅童)

鼓は「初音はつねの鼓」と呼ばれる秘宝で、後白河法皇が平家打倒の恩賞として義経に与えた。「頼朝討伐」の院宣が暗示されている。義経は都を出る際に静御前に託した。

両親の説得で子狐は泣く泣くその場を立ち去る。義経は「呼び返せ」と静に鼓を打たせるが、子との別れの悲しさの余り、鼓はぴたりと音を止める。

「初音の鼓」を打つ静御前

〈人ならぬ身も、かほどまで、子ゆえに物を思うかいのう〉と感動する静御前。義経は、親と慕う頼朝に疎まれる自身の境遇を顧みる。人間以上に深い情愛で結ばれた狐親子に心を打たれた義経は、舞い戻った狐に鼓を与える。狐は鼓を抱え、嬉々ききとして花道を走り去る。

「初音の鼓」を手に喜ぶ源九郎狐

「宙乗り」を使わない演出によって、ドラマの骨格と義経の悲劇的な運命が鮮やかに浮かび上がった。(編集委員 坂成美保)

宙乗りではなく花道を駆け抜ける演出で演じた

◇立春歌舞伎特別公演 〔2025年2月〕16日まで、大阪松竹座。昼の部は「十種香」「封印切」「幸助餅」。夜の部は「義経千本桜」(大内の場から奥庭の場まで)。出演は中村鴈治郎、亀鶴、虎之介、市川中車、団子ら。☎ 0570・000・489。

(2025年2月12日付 読売新聞夕刊より)

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