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2025.1.22

仁左衛門×玉三郎 黄金コンビ 光彩の原点 

「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」(大阪松竹座)

「鬼門の喜兵衛」(右、片岡仁左衛門)と「土手のお六」(坂東玉三郎)の夫婦は、油屋をゆする悪巧みを思いつく=いずれも大塚直樹撮影

今年〔2025年〕、松竹は創業130周年を迎えた。歌舞伎の長い歴史では、時代を象徴する立役たちやくと女形の組み合わせが、観客を魅了してきた。半世紀にわたり、圧倒的な人気を博す片岡仁左衛門と坂東玉三郎は、さしずめ現代の黄金コンビだろう。2人は、江戸後期の歌舞伎作者・鶴屋南北の作品でひときわ光彩を放ってきた。出発点となった「於染久松色読販おそめひさまつうきなのよみうり(通称・お染の七役)」が今月〔2025年1月〕、大阪松竹座で上演されている。(編集委員 坂成美保)

「悪婆」「色悪」に芸域広げる

2人が初役で勤めたのは1971年。この年、東京・新橋演舞場で始まった若手中心の座組による花形歌舞伎の初回だった。

仁左衛門演じる「鬼門きもん喜兵衛きへえ」と玉三郎演じる妻「土手のお六」の「強請ゆすり場」が見せ場になる。夫婦は、細工を施した死体を商家の油屋に持ち込み、虚言を並べ立てて金を要求する。

七五調のせりふの応酬、棺おけから引きずり出した死体の前髪をそるグロテスクや店先での小気味よい啖呵たんか、どんでん返しの喜劇的結末まで、観客は緩急自在な2人から目が離せない。

死体を運んだかごを夫婦で担いで、花道を退場するラストは喜劇味にあふれている

社会の底辺で暗躍する犯罪者の活写は、現実世界を鋭く描き出した南北の「生世話物きぜわもの」の典型。この作品が爽やかな容姿の2人から多面性を引き出し、玉三郎は「悪婆あくば」、仁左衛門は「色悪いろあく」にも芸の奥行きを広げていく。

〈悪婆と色悪〉
 歌舞伎の登場人物は、身分や職業、年齢などによって類型化されており、これを「役柄」という。立役の役柄は高潔で誠実な「実事じつごと」、柔和な二枚目「和事」、超人的な英雄「荒事」などに細分化され、敵役は「実悪じつあく」「公家悪」「色悪」などに分かれる。色悪は二枚目の悪人で白塗りで演じる。女形には「傾城けいせい」「遊女」「姫」「女武道」などがあり、「悪婆」は、ほれた男のために悪事を働く毒婦を指す。

玉三郎の悪婆は、南北作「絵本合法衢がっぽうがつじ」の「うんざりお松」に生き、悪婆とは異なるが、南北作「桜姫東文章あずまぶんしょう」の零落したヒロイン「風鈴お姫」にも通じる。

その「東文章」で小悪党・釣鐘権助を演じた仁左衛門は、南北の代表作「東海道四谷怪談」の伊右衛門や「かさね」の与右衛門など、ニヒルな色悪に真骨頂を発揮していく。共演を重ねるごとに「悪の華」の官能美を磨き上げた。

玉三郎は、悪婆のポイントを「愛嬌あいきょう」に置く。「素っ頓狂なところが必要。悪態をついていても、どこかかわいい」。「悪人を演じるのは面白い」と語る仁左衛門は、非日常の芝居だからこそ「悪を見たい」と望む人間のひそやかな欲望に触れる。

爛熟らんじゅくの文化・文政期(1804~30年)、生世話物を確立した南北は、「目千両」と称賛された絶世の女形・五代目岩井半四郎と「鼻高幸四郎」とうたわれた敵役の名人・五代目松本幸四郎のために「お染の七役」を書いた。

それから200年――。時は移ろっても、観客を熱狂させる千両役者のコンビが舞台を輝かせている。

南北の濃密な芝居の後は、祝祭ムードたっぷりの清元舞踊「神田祭」が上演された。仁左衛門(右)演じる鳶頭とびがしらに玉三郎の芸者が寄り添う

◇ 松竹創業130周年 片岡仁左衛門 坂東玉三郎初春特別公演 〔1月〕26日まで、大阪松竹座。「於染久松色読販」(「土手のお六、鬼門の喜兵衛」の場)と清元舞踊「神田祭」。☎ 0570・000・489。

(2025年1月22日付 読売新聞夕刊より)

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