日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2023.8.10

「夏祭浪花鑑」美しき見得 師直伝の極意 大阪・国立文楽劇場 夏休み特別公演

吉田玉男が遣う団七の人形。長い手足に描かれたブルーの彫り物と赤い下帯のコントラストも鮮やかだ=いずれも上田尚紀撮影

大阪の夏芝居といえば、真っ先にこの演目が思い浮かぶ。うだるような暑さと高津宮(大阪市中央区)の夏祭なつまつりを背景に、陰惨な殺人事件を劇化した「際物きわもの」の傑作。街を練り歩くみこしが、劇中のクライマックスで登場し、祭りの夜の熱狂を演出する。

「大阪の一番暑い季節にぴったりの演目です」。大阪・国立文楽劇場「夏休み文楽特別公演」で、この演目の主人公・団七を遣う吉田玉男が語る。〔2023年〕7月の文化審議会答申で「人間国宝」に認定される見通しとなった。入門から55年、立役たちやくの遣い手として、今まさに脂の乗りきった69歳だ。

師匠の初世吉田玉男(1919~2006年)も人間国宝だった。2015年に名跡を継いだ。その芸風を受け継ぎ、豪胆で品格ある時代物の主人公や、心中物の柔和な二枚目役に定評がある。

「夏祭」は、男気あふれる団七が、金もうけに走るしゅうと・義平次をあやめてしまう「泥場どろば」が最大の見せ場になる。刀を手に美しい見得みえを次々決める。「丸胴まるどう」と呼ばれる綿入れの大きな胴体と長い手足を操り、かっこよく見せるのは至難の業だ。

玉男(左)が遣う団七を挑発するのは、人間国宝の吉田和生が遣う義平次
殺人場面では、団七が次々と見得を決める

師を手本に「腰を据えてどっしりと大きく動き、(見得の)決まり、決まりをしっかりと見せる」と心がけ、直伝の極意「手にした刀の切っ先をグッと内側に向けて力を込める」も踏襲している。

みこしの列と祭り囃子ばやしがクライマックスを盛り上げる

「60歳には60歳の芸、70歳には70歳の芸がある」。80歳代まで舞台に立った師は、口癖のようにそう言った。動きが自在で活力みなぎる60歳代、派手な動きを抑え、力を内に蓄えた「はら」の演技で見せる70歳代。芸が花開くのは、まだまだこれからだと――。

「もっともっと師に近づきたい。受け継いだかたを大切に守り、深めていきます」。真夏の決意表明は、泉下せんかの師にもきっと届いているだろう。

親分格の三婦さぶ(中央)をはじめ、任きょうに生きる男女の群像劇が展開する
団七の義兄弟・徳兵衛の妻・おたつも女の意地を発揮する
ろうから出て散髪し、爽やかな浴衣姿になった団七

夏祭なつまつり浪花なにわかがみ

初演は江戸中期の1745年、大坂・竹本座。堺の魚売り・団七は、大鳥佐賀右衛門の家来とけんかになり、投獄されてしまう。玉島兵太夫ひょうだゆうの尽力で釈放された団七は、恩返しに兵太夫の息子・磯之丞いそのじょうと恋人・琴浦の仲を取り持つ。しかし、琴浦に横恋慕する佐賀右衛門は団七の舅・義平次を使って、琴浦を誘拐する。団七は義平次を追いかけ、説得を試みるが……。

国立文楽劇場「夏休み文楽特別公演」の第3部サマーレイトショーで〔2023年8月〕13日まで上演中。第1部は親子劇場「かみなり太鼓」「西遊記」。第2部は名作劇場「妹背山いもせやま婦女おんな庭訓ていきん」四段目。(電)0570・07・9900。

(編集委員 坂成美保)

(2023年8月9日付 読売新聞夕刊より)

Share

0%

関連記事