人形浄瑠璃文楽の人形遣い、吉田簑紫郎は、文楽人形を撮る写真家としても活動している。京都市内で開催中の国際写真祭「KYOTOGRAPHIE(京都グラフィー)」に出展。一昨年は初めての写真集も刊行した。簑紫郎が写した人形は、ライトに照らされ、喝采を浴びる表舞台とは全く別の表情で、見る者の心を揺さぶる。(編集委員 坂成美保)
透き通るような青白い顔に、ほつれ毛が流線を描く。京都グラフィーの会場の一つ、八竹庵(京都市中京区)に展示された連作「青の狂気」の一枚で、「心中天網島」の主人公・紙屋
ブルーの画面にクローズアップされた横顔。初の写真集「INHERIT」に収録された
10歳の時、テレビで吉田簑助が遣う
劇場に通い、舞台稽古も見学させてもらった。静まりかえった客席に人形の
写真に出会ったのは20歳の頃。独学で撮り始めた。人形は、人形遣いが操る時に初めて生命を与えられ、舞台が終われば「モノ」に戻っていく。簑紫郎は「モノ」であるはずの人形にもなぜか、魂を感じていた。
「舞台が終わった後でも人形と離れたくない、つながっていたいという気持ちが、写真という別の表現を探らせてくれた」
早朝の国立文楽劇場。無人の楽屋でタブレット型端末「iPad(アイパッド)」を使って照明をつくり、出番を待つ人形たちにカメラを向ける。「ついさっきまで人形同士がおしゃべりしていたように思えて、ゾクゾクしてきます」
被写体が放つ光に吸い込まれるように、画角は徐々に狭まり、背景の
「写真を撮ることで、いっそう深く役にアプローチできる気がする。現代アートの世界に足を踏み入れることができる文楽の秘めた可能性を、写真という表現で引き出してみたい」
初代吉田玉男や簑助ら名人の舞台に、人間らしさを追求した演技だけでなく、人形がモノとなって崩れ、すぐに人間に戻る瞬間の輝きを見てきた。
「人間には決してできない人形のシュール(超現実)な動き。写実にとどまらない表現もできる。文楽は現代の娯楽、コンテンポラリーな芸能です」
よしだ・みのしろう 1975年、大阪府生まれ。88年、吉田簑助に入門。91年に初舞台を踏む。2016年度咲くやこの花賞受賞。昨年は文楽と歌舞伎の融合公演にも挑戦した。京都グラフィーの展示は14日まで。会場では写真集も販売。https://ermite.jp/ermite/index.htmlからも購入できる。
(2023年5月10日付 読売新聞夕刊大阪版より)
KYOTOGRAPHIEのサイトはこちら https://www.kyotographie.jp/
0%