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2024.6.27

三世 茂山千之丞 ― 狂言の枠 飛び越える 

「考え過ぎて、技巧を凝らした戯曲よりも、ポンと出てきた発想のほうが、本番でのウケはいいですね」と語る三世茂山千之丞=川崎公太撮影

〈100年後に残る作品を〉――。遠く未来を見つめて新作狂言を書き続ける狂言師が京都にいる。三世茂山千之丞。江戸時代から続く狂言の家に生まれ、古典狂言を演じる一方で、新作やコント、オペレッタなどの作・演出を手がけ、現代劇にも出演する。果敢に挑戦するその姿には、伝統の枠組みに安住することなく、異ジャンルとの交流を開拓した祖父・二世千之丞(1923~2010年)の面影が浮かんでくる。(編集委員 坂成美保)

コント、現代劇…祖父譲りの探求心「舞台で実験」

主人が、無断欠勤を続ける家来の自宅を訪ねる。扉越しに声色で留守を装い、裏口から逃げようとする家来。顔の見えない相手の心理を読み合って、次第に2人の関係はねじれていく。

〔2024年6月〕22日、京都・大江能楽堂での公演「マリコウジ」で初演された新作狂言「ぶほうこうっ!」。場面の巻き戻しなど、斬新な演出に観客が沸いた。作・演出の千之丞は「新型コロナの頃から他人との距離感がしっくりこない。オンラインでの対話やSNSが創作のヒントになった」と明かす。

180曲以上伝わる茂山家の古典の多くは作者不詳。名もなき作家が書いた狂言が、数百年の間に洗練され、残ってきた。

千之丞は「未来のレパートリー」を目指して、2014年にマリコウジをスタートさせた。古典のフォーマットに現代の感性を加味して再構成し、毎回2本ずつ書き下ろす。

マリコウジ公演「今際いまわの淵」(2014年) ©ルート

きっかけは様々だ。読んだ本、観劇した芝居、新聞のニュース……。「アイデアが浮かび、脳内で人物たちが勝手に動き出す時と、静止画でストップする時がある。動き出せば『これいける』と作品につながる」

不条理劇に衝撃

祖父・二世千之丞は、他流との交流がタブー視されていた時代にテレビドラマ、新劇、歌舞伎へ活躍の場を広げ、オペラや文楽、社会風刺を込めた「スーパー狂言」の演出も手がけた。

三世は幼い頃から祖父に指導を受け、思春期には毎日食事をともにした。「好奇心の塊」だった祖父との話題は、はやりの音楽にも及び、「祖父のようで、友達のようで、師匠のような」親密な関係が育まれた。「僕自身が祖父の作品みたいなもの。考え方も受け継いだ」と語る。

「以呂波」で初シテを勤める三世千之丞(右、当時・童司)と祖父の二世千之丞(1986年撮影)

初めてチケットを買って見た芝居は、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」。2人の男が、来るか分からない何かを待ち続ける不条理劇に「これが芝居というものか」と衝撃を受けた。やがてベケットに私淑する劇作家・別役実の著作から作劇法を学ぶ。

「現実を離れて、うその世界、ねじれた世界に飛んでいく。無理やりではなく、自然に飛躍させる技術を別役さんに教わった」

2022年には、パンくずを落としながら歩く男と、拾って食べる男のコント「ヘンゼルとヘンゼル」を書いた。「ゴドーを待ちながら」を想起させるナンセンスでシュールな展開で観客をけむに巻く。

不条理劇をモチーフにした「ヘンゼルとヘンゼル」(2022年) ©ルート

「面白かったけど、何を見たか思い出せない。そんな作品が理想。人を笑わせる技術に興味がある。笑いはせりふの『』に尽きる。日々舞台で実験を重ねています」

祖父譲りの探求心が、多彩な活動を支えている。

◇しげやま・せんのじょう 1983年、茂山あきらの長男として京都に生まれる。86年にあきら主宰の「NOHO(能法)劇団」の「魔法使いの弟子」で初舞台、狂言「以呂波いろは」で初シテを勤める。2004年に「三番三さんばそう」、06年に「釣狐つりぎつね」を許されて勤める「ひらき」に挑戦。18年に三世千之丞を襲名し、「花子はなご」を披く。英語が堪能でバイリンガル狂言公演を重ねている。〔2024年〕7月21日には、京都・金剛能楽堂で上演される歌手・エルビス・プレスリーを題材にした英語能「青い月のメンフィス」に出演する。

(2024年6月26日付 読売新聞夕刊より)

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