日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2026.1.6

映画「国宝」誕生の舞台裏 ― 歌舞伎役者 中村鴈治郎さん×原作者 吉田修一さん対談

鴈治郎さん(右)は「三谷(幸喜)さんの新作歌舞伎用に初めて1か月ひげを伸ばした」と吉田さんに語る(東京・歌舞伎座で)=今利幸撮影

歌舞伎界を描いた映画「国宝」(李相日リサンイル監督)が空前の大ヒットを記録している。22年ぶりに邦画実写作品の興行収入記録を塗り替え、178億円を突破した。原作小説の累計発行部数も200万部を超えた。吉田修一さんの同名小説誕生には歌舞伎役者・中村鴈治郎さんが深くかかわっている。映画の歌舞伎指導と出演を兼ねた鴈治郎さんと吉田さんが、小説の構想・取材から映画化までの舞台裏を語り合った。(聞き手・編集委員 坂成美保)

――社会現象になった要因はどこにあるのでしょうか。

鴈治郎 素顔から化粧して男性が女性になっていく様子をリアルに見せた。主人公が女形役者でなければ、ここまで興味を引かなかった。

なかむら・がんじろう 1959年京都府生まれ。父は人間国宝の坂田藤十郎。67年、東京・歌舞伎座で初舞台。95年、五代目中村翫雀かんじゃくを襲名。2015年、四代目中村鴈治郎を襲名。19年紫綬褒章。当たり役に「河庄」の治兵衛、「曽根崎心中」の徳兵衛、「封印切」の忠兵衛など。

吉田 ブームは一過性ではない。映画を見て、歌舞伎の舞台に足を運ぶとスケールの大きさに驚く。将来、海外にも広がれば「日本に行って歌舞伎を見てみたい」となる。

よしだ・しゅういち 1968年長崎県生まれ。97年に『最後の息子』で文学界新人賞を受賞し、デビュー。2002年に『パーク・ライフ』で芥川賞。12~13年に読売新聞で連載した『怒り』や、『悪人』も李監督によって映画化された。『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞。芥川賞の選考委員を務める。

――始まりは、2015年のお二人の出会いでした。

鴈治郎 行きつけだった東京・六本木のバーのママさんが、吉田さんの編集者から「歌舞伎界を書きたい作家がいる」と相談を受け、僕を吉田さんに引き合わせた。「楽屋に遊びに来たら」とお誘いした。僕の出番に、舞台裏までついてくるので大道具さんが「あれ誰だ」と怒るわけですよ。それで弟子が着る黒衣くろごを発注して着てもらった。

吉田 うれしくて家でも黒衣を着ていた。約3年間、月2、3回通い、おかもち(小道具入れ)も運んだ。舞台袖で見た演目を翌日は客席側から見る。贅沢ぜいたくな時間でした。

鴈治郎 ところで、なぜ上方歌舞伎にしたの?

吉田 最初に楽屋を訪ねた時、鏡台に近松門左衛門の分厚い本があった。近松は読んでいたのでパッとつながった。四代目鴈治郎襲名の年で近松物を始め上方の演目がかかり、好きになった。

鴈治郎 江戸歌舞伎の立役たちやくが主人公なら、こんなにヒットしていないかもね。

吉田 溝口健二監督の芸道物の映画「残菊物語」を見たのもきっかけでした。

――舞台版「残菊物語」では、鴈治郎さんの父・坂田藤十郎さん、母・扇千景さんが共演されています。

吉田 何か偶然に導かれるようなご縁です。

――小説の新聞連載は17年にスタートしました。

吉田 実は書き始める前に展開を決めていたわけではない。部屋子へやごの喜久雄と御曹司の俊介、どちらが人間国宝になるかも決めていなかった。書きながら楽屋に通い、展開も人物像も変わっていった。

原作者 吉田修一さん「楽屋に通い、展開・人物像変わる」

鴈治郎 連載中もよく地方公演に来ていた。

吉田 帰りの新幹線で新聞を読んで「ああもうこの回か、早く帰って書かなくちゃ」と。

――語り物形式の俯瞰ふかんの視点で書かれています。

鴈治郎 あれは独特だね。語り部であって語り部でない。

吉田 1行目から「全く違う世界が始まります」という感じを出したかった。

――喜久雄が「曽根崎心中」のお初の代役をする場面は、祖父・二代目鴈治郎の代役で徳兵衛を勤めた鴈治郎さんの経験がヒントに?

吉田 ヒントになりました。鴈治郎さんに聞いた話の中で最も印象深い。代役の成否で役者人生が変わる。チャンスだけど失敗の怖さも。役者の分岐点です。

撮影現場で吉沢亮さん(左)に助言する鴈治郎さん(中央)
映画で「二人藤娘」を踊る(左から)吉沢亮さん、横浜流星さん  ©吉田修一/朝日新聞出版©2025映画「国宝」製作委員会

――映画化への動きは?

吉田 コロナ禍の最中に映画化の話が持ち上がり、李監督に鴈治郎さんを紹介した。僕の黒衣を李監督に譲って楽屋通いしてもらうつもりがコロナ禍で実現しなかった。

鴈治郎 最初は映画化は無理だと思った。上下巻の長編小説を1本の映画に、それも歌舞伎役者を使わず。喜久雄役の吉沢亮君、俊介役の横浜流星君の不屈の精神あってこそ。よくへこたれなかった。

歌舞伎役者 中村鴈治郎さん「主役の不屈の精神あってこそ」 

――撮影現場の雰囲気は?

吉田 喜久雄に俊介が化粧してやるシーンの撮影を最初に見た。鴈治郎さんが「これいいシーンになるよ」と。李監督から「あのシーンで吉沢君が覚醒した」と聞いた。貴重な瞬間に立ち会えた。

――鴈治郎さんは看板役者・吾妻千五郎役で出演もされました。

鴈治郎 クランクイン後に急に出演が決まった。大道具さん、小道具さんが考証を相談に来る「鴈治郎の取り合い」で、大忙しのさなかの撮影でした。

――試写を見た感想は?

吉田 100年に1本の映画だと思った。見たことのない景色を見た。

鴈治郎 映像ってすごい。何度も繰り返し見る映画だ。この作品は、映画を見た後で小説を読んでほしい。

大阪松竹座 寿初春歌舞伎特別公演

〔2026年〕1月7~25日、大阪松竹座((電)0570・000・489)。昼の部は中村種之助さん、歌之助さん、上村吉太朗さんらの「車引」、中村壱太郎かずたろうさんらの「金閣寺」、中村鴈治郎さん、市川中車さんらの「らくだ」。夜の部は片岡孝太郎さんらの「女鳴神」、片岡愛之助さんらの「仮名手本忠臣蔵・七段目」、壱太郎さんの「京鹿子娘道成寺」。

小説『国宝』には、父の敵討ちを「七段目」の由良之助の刀になぞらえた「喜久雄の錆刀さびがたな」の章や「車引」の稽古場面があり、「金閣寺」や「二人道成寺」も登場する。

(2025年12月25日付 読売新聞夕刊より)

Share

0%

関連記事