27日まで開催されている歌舞伎座の「鳳凰祭四月大歌舞伎」。昼の部で上演されているのが、『新・陰陽師 滝夜叉姫』だ。夢枕漠さんの原作を石川耕士さんの監修のもと、市川猿之助さんが脚本・演出した新作。タイトルロールにもなっている滝夜叉姫を演じているのが、中村壱太郎さん。「古典歌舞伎のワザを使って作り上げる新作です。歌舞伎ならではの楽しさが、いろいろなところに詰まっています」という。(聞き手は事業局専門委員・田中聡)
――4月の「鳳凰祭四月大歌舞伎」は「歌舞伎座新開場十周年記念」と銘打たれています。現在の歌舞伎座が開場したのが2013年4月。それから10年たったわけですね。その十周年記念興行で上演される『新・陰陽師 滝夜叉姫』で滝夜叉姫を演じていらっしゃいますが、どんな想いで役に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
壱太郎 歌舞伎座が新しくなって、最初に上演した新作歌舞伎が『陰陽師 滝夜叉姫』でした (2013年9月の「九月花形歌舞伎」夜の部で上演) 。それから10年たって、また同じ原作の作品をやらせてもらえる。感慨深いものはありますね。
とはいっても、出演者が一新され、脚本・演出もまったく新しいものになっていますから、まったく違う作品に仕上がっています。私を含め、坂東巳之助さんから市川染五郎くんまで、若手それぞれに活躍の場がある若々しい舞台。10周年の歌舞伎座が「新たな一歩」を踏み出すのにふさわしい、「新しい時代の歌舞伎」になれば、と思っています。
――脚本・演出が市川猿之助さん。蘆屋道満役で出演もされていて、「上置き」という立場でもあるのでしょうか。
壱太郎 猿之助のお兄さんは、古典歌舞伎で言えば「敵役」の悪役ですね。言葉の美しさを感じながら純粋に楽しめる、歌舞伎らしい舞台を作って下さっています。
壱太郎さん演じる滝夜叉姫は、あの平将門の妹だ。反乱を起こし、新皇を名乗った将門は、俵藤太によって討たれるのだが、その首だけが空を飛び、いずこへかに消えてしまう。その首を探す滝夜叉姫。そして、将門の復活を企む者たち――。3幕構成の今回の舞台は、1幕目が「将門討伐」、2幕、3幕が、「その後」のストーリーで構成されている。ちなみに2013年に上演された『陰陽師 滝夜叉姫』は、安倍晴明=市川染五郎(現・松本幸四郎)、平将門=市川海老蔵(現・市川團十郎)、興世王=片岡愛之助、桔梗の前=中村七之助、源博雅=中村勘九郎、俵藤太=尾上松緑、滝夜叉姫=尾上菊之助という配役。今回は、晴明=中村隼人、将門=坂東巳之助、興世王=尾上右近、博雅=市川染五郎、である。
――滝夜叉姫というと、歌川国芳の浮世絵《相馬古内裏》のイメージが強くて、おどろおどろしい雰囲気があるんですが、壱太郎さんが演じている滝夜叉姫はそれだけではないですね。
壱太郎 兄の将門を復活させて回向したいという想いをもってストーリーを展開させていくのですが、染五郎くんが演じる博雅との恋模様もありますし、右近くんと六方を踏んだりするところもある。いろいろな要素がある役で、演じていて面白いですね。
今回の『新・陰陽師』は、全くゼロから新しいものを作る、というのではなくて、「古典のワザを使って新作を作る」という感じです。所作事、だんまり、立廻り……古典の様式に基づいた様々な見せ場があるんですよ。でもただ集めただけの「吹き寄せ」になってはいけない。そこのところは気をつけていきたいですね。
――前回の『陰陽師』からガラッとキャストが変わっているわけですが、大体、同世代の役者さんたちが並んでいます。「自分たちが頑張らなければいけない年齢になった」という想いはあるんでしょうか。
壱太郎 染五郎くんは一回り以上年下なんですが(笑)、巳之助さんはじめ、みんな大体、同世代ですね。私自身は「30代ではこれをやらなければ」とか「40歳になったらこういう役を」とかは、あまり考えない方なんです。歌舞伎役者は「一生の仕事」であり、どんな役に出会えるかは「一期一会」だと思っていますから。ただ、今回、歌舞伎座で若手中心のこういう芝居をやらせていただけることは、とてもありがたいです。「これで終わりにしてはいけない」という気持ちはあります。これが今後の「積み重ね」の第一歩でありたいです。
中村壱太郎さんは、1990年8月3日生まれ。祖父は人間国宝で「近松座」を旗揚げしたことなどで知られ、上方歌舞伎の大御所だった坂田藤十郎さん、父はその長男の中村鴈治郎さんである。母は舞踊家の吾妻徳穂さんで、壱太郎さん自身、2014年に日本舞踊吾妻流の七代目家元を襲名、舞踊家としては吾妻徳陽の名前を持っている。
――壱太郎さんの場合、上方歌舞伎の継承、というテーマもありますね。上方在住の歌舞伎役者さんもめっきり減った現在、なかなか大変な「宿題」だとおもうのですが。
壱太郎 そうですね。50年前には、東西で同時に『忠臣蔵』の幕を開けられた、と聞いているのですが……。祖父・坂田藤十郎は常日頃から、「江戸と上方のどちらの歌舞伎も繁栄していかなくてはいけない」と話していました。
先月南座で演じた『忠臣蔵』の『五・六段目』の勘平は、祖父に習った猿之助のお兄さんを通じて、祖父のやり方を継承することができました。もちろん、上方歌舞伎の灯は消してはいけない、と思っています。「平成世代」だけで南座での公演も続けていますし、徐々に関西での歌舞伎公演も増やしていきたいです。
――そのためにも、古典、新作、幅広い活躍が必要ですね。
壱太郎 実は危機感を持っているのは、「上方歌舞伎」だけではないんです。果たして「歌舞伎」そのものを未来にちゃんと残していけるのか。それは、コロナ禍の前から、ずっと考えていることなんです。どうやったらひとりでも多くの人に歌舞伎を見てもらえるのか、役者としての自分に注目していただけるのか――。そのためにも、長く観ている人にも初めて観る人にも楽しんでいただける歌舞伎の舞台を数多く作っていきたいですね。
歌舞伎座新開場十周年記念 鳳凰祭四月大歌舞伎の公式サイトはこちら https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/801
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