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2024.7.10

名優の「型」 未来へ託す財産 ― 「義経千本桜」三段目「すし屋」 

父のため、身代わりに差し出した妻子の顔を上げさせる権太(中央、片岡仁左衛門)。「ええ、煙たいな」と、こみ上げる涙をたいまつの煙のせいにしてごまかす=いずれも中原正純撮影

人形浄瑠璃として書かれた戯曲を歌舞伎化した演目を「義太夫狂言」もしくは「丸本歌舞伎」と呼ぶ。丸本は人形浄瑠璃の台本を指し、全盛だった江戸期、大当たりを取った作品は歌舞伎でも成功を収めた。

人形から人間へ――。人形の動きを想定して書かれた戯曲を移入する過程で、役者の芸の根幹をなす、演技の「かた」は磨かれてきた。

母(右、中村梅花)の膝で甘える権太。仁左衛門が工夫した型だ

義太夫節の地の文は、歌舞伎では演奏者「竹本」の語りに、人物の言葉は役者のせりふに置き換わる。役者は、三味線音楽に乗った様式的な演技を習得していく。

そこに個人の工夫の余地が生まれ、名優が磨き上げた型は、その名を冠し「菊五郎型」「鴈治郎がんじろう型」として伝承された。演劇研究者・河竹登志夫は〈ひとつの美しい型には、才能ゆたかな役者の創意工夫と、修業錬磨の積み重ねが秘められている〉(『歌舞伎美論』)と記している。

平維盛の首と妻子を引き渡した褒美の黒井陣羽織を羽織った権太
「木の実」では子煩悩な一面をのぞかせる

今月〔2024年7月〕、大阪松竹座では義太夫狂言の代表作「義経千本桜」の三段目「すし屋」が上演されている。明治の名優・五代目尾上菊五郎が完成させ、現代に伝わる「菊五郎型」では、大和のならず者「いがみの権太」を、江戸前のスカッとした小悪党として粋に演じる。

当代きっての名優・片岡仁左衛門は、上方の「延若えんじゃく型」なども取り入れ、独自の工夫で権太像をつくり上げた。「江戸のすっきりした演技だけでは人間の泥臭さが薄れてしまう」と原典の文楽をつぶさに研究した。

すし桶(おけ)を抱えて花道を走り去る権太
誤解を受けたまま父に刺され、手負いになってからの述懐が涙を誘う

母の膝枕で甘えるしぐさや、褒美の陣羽織を頭からかぶる場面には、田舎の無頼漢らしい愛嬌あいきょう一途いちずに父の許しを求める哀れがにじむ。色気も感じさせる権太に観客は感情移入し、ラストの悲劇が胸を打つ。

「色んな型を研究して自分の型を工夫する。完成はないので、これからも変わりますよ」と、80歳の仁左衛門。型は、役者が未来に残す財産でもある。創意工夫に終わりはない。(編集委員 坂成美保)

◇     ◇     ◇

「恋女房染分手綱」で共演する中村萬壽(右)と孫の梅枝

初代「萬壽」孫と共演 長男は時蔵襲名

「七月大歌舞伎」では、名女形・初代中村萬壽まんじゅと長男・六代目中村時蔵の襲名披露、新時蔵の長男・五代目中村梅枝ばいしの初舞台も行われている。

数年前から「孫の初舞台を」と考えていた萬壽は、同時に時蔵の名跡を長男に譲り、自らは平安期の年号にちなんだ「萬壽」を襲名した。新時蔵は「父は生涯、時蔵だと思っていたので戸惑ったが周囲に背中を押され、気持ちが固まった」と振り返る。

披露演目「嫗山姥こもちやまんば」では父も勤めた八重桐やえぎりに挑戦している。くるわでのいきさつを身ぶり手ぶりを交えて語る「仕方噺しかたばなし(通称・しゃべり)」が眼目の作品だ。緩急自在のせりふ術で聞かせ、終盤は女武道のスケールの大きさとすごみを見せる。

「古風で華やか。父は『しゃべり』の場面で、語り手・太夫さんに細かく注文していた。普段は地方じかた(演奏者)さんにダメ出ししない父なので、この演目は特別なのだと、心して教わった」

偶然再会した重の井と三吉だが、すぐに別れが訪れる

「恋女房染分手綱そめわけたづな 重の井」では、円熟味を増す萬壽と8歳の孫・梅枝が共演。萬壽演じる重の井と、偶然再会した息子・三吉(梅枝)の切ない別れが涙を誘う。梅枝はよく通る声でせりふを操り、見得みえもしっかり決め、大奮闘している。萬壽は「いずれは女形をやってほしい」と期待を寄せる。

見得を決める梅枝(中央)

七月大歌舞伎 7月26日まで、大阪松竹座。昼の部は「小さん金五郎」「藤娘」「にわか獅子」「恋女房染分手綱」。夜の部は「義経千本桜(木の実、小金吾討死、すし屋)」「汐汲しおくみ」「嫗山姥」。出演は、ほかに中村歌六、鴈治郎、扇雀、坂東弥十郎、片岡孝太郎、尾上菊之助ら。(電)0570・000・489。

「小金吾討死」で、中村歌昇(中央)がアクロバチックな立ち回りを披露する

(2024年7月10日付 読売新聞夕刊より)

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