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2024.4.25

【歌舞伎インタビュー】「勤めていてとても気分のいい役ですが、だからこそ『役に溺れる』ことがないようにしなければ」 ― 「四月大歌舞伎」『双蝶々曲輪日記 引窓』で南方十次兵衛の中村梅玉さん

東京・東銀座の歌舞伎座での「四月大歌舞伎」に出演中の中村梅玉さん。『双蝶々曲輪日記 引窓』での南方十次兵衛は、これまで何度も手がけてきた「とても気分のいい役」だ。〔2024年〕5月の「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部の『四千両小判梅葉』で勤める藤岡藤十郎は、これまで二度演じた役。2か月続けて大役を勤めるベテランに、役に臨む心構えを聞いた。 (聞き手は事業局専門委員・田中聡)

――26日まで行われている「四月大歌舞伎」の昼の部、『引窓』の南方十次兵衛は何度も演じられている「当り役」ですが、意外にも歌舞伎座では初めてなんですね。梅玉さんにはぴったりの、すっきりとした二枚目役ですが、どんな想いで演じられていますか。

梅玉 私も大好きな役で、毎日気持ちよく演じています。これまで歌舞伎座では勤める機会がなく、初めてです。私が演じることの多い二枚目の役どころというのは、例えば『菅原伝授手習鑑』の桜丸にしても『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢にしても、じっと「耐えている」芝居が多いんです。だけど、この十次兵衛は、ストレートに気分良く芝居ができる。いいとこだらけの役なんです(笑)。あまり気持ちよくせりふを歌い上げていると性根がなくなってしまうので、「役に溺れない」ことをキモに銘じて演じています。

令和6年4月歌舞伎座『双蝶々曲輪日記 引窓』南与兵衛後に南方十次兵衛=中村梅玉(©松竹)

――亡き父親の後を継ぎ、「南与兵衛」から「南方十次兵衛」を名乗ることが許されたうえ、郷代官に取り立てられた。今で言えば「サラリーマンの出世」という感じです。直後、義母への情でその「出世」を捨てることを決断する。この辺りの十次兵衛の心情の表現が、梅玉さんの見せ場です。

梅玉 私としては12年ぶりのお役なんです。それで昔のビデオを見ていて、今までの私の演じ方では、義母のお幸への愛情、同情の気持ちを優先しすぎてはいないか、と思いました。せっかく与えられたお役を捨てて、武士を辞めるという決断には、もっと重い覚悟がいるのではないか。そういうことに今更ながら気付いて、少し工夫をしてみました。今回の演じ方が正しいかどうかは分かりませんが、「初役よりも二回目に演じる時の方が難しい。回を重ねて同じ役を演じる時は、毎回少しでも進歩がなければいけない」という父(六世中村歌右衛門)の言葉を改めて思い出しました。

令和6年4月歌舞伎座『双蝶々曲輪日記 引窓』南与兵衛後に南方十次兵衛=中村梅玉(©松竹)

梅玉さんは1946年8月2日生まれ。1955年、実弟の中村魁春さんとともにおじである六世中村歌右衛門さんの養子となり、56年1月の歌舞伎座『蜘蛛の拍子舞』で初舞台。67年に八代目中村福助を襲名、92年に四代目中村梅玉を襲名した。いかにも江戸歌舞伎らしい、スッキリとした風情の二枚目。源義経などの貴公子役がよく似合う、品の良さが魅力である。『引窓』の十次兵衛は、そんな梅玉さんにぴったりの役である

――5月の「團菊祭」では、夜の部の『四千両』の藤岡藤十郎役。五世尾上菊五郎さんの野州無宿富蔵、七世市川団蔵さんの藤十郎で初演された音羽屋系のお芝居ですが、このところ藤十郎は梅玉さんの持ち役になっています。

梅玉 過去2回、勤めさせていただいた時は、富蔵が音羽屋さん(尾上菊五郎)。今回は、後輩の(尾上)松緑くんが富蔵役。ありがたく思っています。藤十郎という人物は、御曹司というか世間知らずなんですね。臆病だけどいきがっていて、世の中のことをよく知っている富蔵の方がよっぽど貫禄がある。音羽屋さんと芝居するときは、年齢的にも貫禄の違いが自然と舞台に出ますが、今回は相手の松緑くんが年下ですから、そういう関係性に注意して演じなければいけないと思っています。

平成24年11月新橋演舞場『四千両小判梅葉』藤岡藤十郎=中村梅玉(©松竹)

――『四千両』は、実際にあった江戸城の御金蔵破りをモチーフにして、河竹黙阿弥が書いた作品で、富蔵と藤十郎が組んで「四千両」を盗み出す。ところが、実際の舞台では「御金蔵破り」のシーンはなく、富蔵が下手人として捕まって牢屋に入れられた後の「大牢」の場面が見どころになる。何というか、歌舞伎らしい展開の舞台になっています。

梅玉 私が演じる藤十郎は、その「大牢」の場面には登場しないんですけどね(笑)。「大牢」では、牢にいる色々な人間が登場して様々な江戸の風俗を見せる、大喜利のような感じが面白いですね。

平成29年2月歌舞伎座『四千両小判梅葉』藤岡藤十郎=中村梅玉(©松竹)

――2か月連続での大役。お疲れ様です。梅玉さんも大ベテランですから、今は若い人に教える側になることも多いですね。何か心がけていることはありますか 。

梅玉 そうですね。確かに教える側になることが多いですし、今は自分がそういう役回りなのだろうな、と思っています。20代、30代の若手がどんどん育ってきて、これからが楽しみです。最近は『番町皿屋敷』など(中村)隼人くんに芝居を教えることが多いのですが、稽古で彼のせりふ廻しを聞いていると、「そういう言い方もあるんだなあ」「今度、自分もこれを試してみようかなあ」と思うこともあるんです。「教える」という行為を通じて、新たなことを気付くことも多い。改めてそんなことも感じています。

平成29年2月歌舞伎座『四千両小判梅葉』藤岡藤十郎=中村梅玉(©松竹)

團菊祭五月大歌舞伎の公演情報はこちら → https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/874

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