『鎌倉三代記』の時姫は、『本朝廿四孝 十種香』の八重垣姫、『祇園祭礼信仰記 金閣寺』の雪姫と並び、「三姫」と言われる女方の大役。〔2023年11月〕25日まで歌舞伎座で開かれている「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部で、その時姫を演じているのが、中村梅枝さんだ。父親である北條時政と恋人・三浦之助の間で板挟みとなる「悩み多き姫君」。梅枝さんも、三浦之助を演じる実父の中村時蔵さんも、この役を手がけるのは初めてだという。(聞き手は事業局専門委員・田中聡)
――女方の大役のひとつ、『鎌倉三代記』の時姫、今回が初めての挑戦ですね。ほかの「三姫」は、これまで演じられているのですか。
梅枝 『金閣寺』の雪姫はあるのですが、『十種香』の八重垣姫はないですね。若手の女方はまず八重垣姫を手がけることが多く、なぜ今まで演じたことがないのか、自分でも不思議なのですが(笑)。八重垣姫は、父にとっても思い入れの深い役だそうなのですが、こればっかりは縁もありますから……。今回、このお話をいただいた時には、驚きました。なにしろ数ある時代物の作品の中でも、やりがいのある役ですから。
――お父様の時蔵さんも、時姫は勉強会でしか演じられたことがないとか。もちろん、その際に時蔵さんが大成駒(六世中村歌右衛門)から教わったことは聞いていらっしゃるのでしょうが、その他に参考にしたものはありますか。
梅枝 何かいい資料がないか、今回(佐々木)高綱を勤められる(中村)芝翫のお兄さんに相談したところ、「昭和58年に歌舞伎座で、京屋のおじさん(四世中村雀右衛門)が時姫を演じられた時、大成駒が稽古をご覧になって細かく指導されていたよ」と教えて下さって、その時の舞台映像を参考にしています。京屋のおじさんの時姫はやっぱり凄い。「姫」としての品格を保ちながら、内面がメラメラと燃えているような情熱的な感じが印象的です。
中村梅枝さんは1987年11月22日生まれ。女方の重鎮、五代目中村時蔵さんの長男で、本人も女方として活躍している。初お目見得は平成3(1991)年6月、歌舞伎座『人情裏長屋』の鶴之助。平成6(94)年6月、歌舞伎座『幡随長兵衛』の倅長松、『道行旅路の嫁入』の旅の若者で四代目中村梅枝を襲名し、初舞台を踏んでいる。《面長で涼しい目元に曽祖父・三代目中村時蔵の面影が宿る》と「歌舞伎俳優名鑑」では評されている
――その時姫の恋人・三浦之助がお父様の時蔵さん。やりづらくないですか(笑)。
梅枝 やりづらいですね(笑)。恋人役だからやりにくい、ということではないですが、お互いに初役ということもありますね(笑)。三浦之助が着ける鎧も重いようで、「1時間以上、着けっぱなしは大変だろうな」と。
――時姫自体は、どんなことを考えながら演じていますか。
梅枝 「赤姫」は、「世間知らず」の「お嬢さん」なのですが、「姫」でもあるんです。ですから、あまり「かわいくなりすぎない」ように「品格を保つ」ことを心がけています。技術的なことを言えば、あまり「首を曲げすぎない」とかですね。やりすぎると「姫」ではなくて、「娘」に見えてしまうんです。もともと私は「かわいい役」よりも世話女房のような役が合っていると思っているので、なおさら「かわいく」と「品格」のバランスが難しい。
――ただ、時姫には現代的な要素もありますよね。「かわいく」て「品格」があるのですが、父親と恋人と「どちらを選ぶ」と迫られて、自分の意志で恋人を選ぶわけですから。芯の強い女性、という感じもあります。
梅枝 気丈というか、情熱的。考えてみれば、「三姫」はみんなそうですけど。雪姫や八重垣姫は、超自然的な力が引き起こす奇蹟に助けられますが、時姫にはそれがない。すべて自分の意志で物事を決定しなければならない。そこが特徴ですかね……。『鎌倉三代記』というお芝居は、三浦之助、佐々木高綱、時姫、それぞれしどころがありますが、物語を進行させていく役割を時姫が担っているように感じるんです。だからこそ、この役はとても難しい。「かわいさ」と「品格」という時姫自体の役柄のバランスを考えなければいけないのと同時に、芝居全体のバランスも考えていかなければいけない。舞台を重ねていくうちに、役者としての自分に「何が足りないのか」が見えてくる、それを教えてくれるような役です。
――難しい、と先ほどおっしゃったのは、そういうところを感じてのことなんですね。
『鎌倉三代記』は、明和7(1770)年5月、大坂の竹田新松座で人形浄瑠璃として初演された。歌舞伎に委嘱されたのは文政元(1818)年、江戸の中村座からだという。大坂冬の陣を念頭に書かれた『近江源氏先陣館』の続編で、こちらは大坂夏の陣をもとに、舞台を鎌倉時代に移して創られている。北條時政が徳川家康になぞらえられており、三浦之助は豊臣方の木村重成、佐々木高綱は真田幸村、といった具合だ。梅枝が演じる時姫は徳川家康の孫、千姫。今回上演されているのは、七段目『絹川村閑居』の場である
梅枝 文楽では、冒頭の部分、時姫が「お遣い」から帰って来たり、コメの研ぎ方を習ったり、「世間知らず」の「姫」が押しかけ女房みたいなことをしている所がかわいらしく描いてあるんですが、歌舞伎ではそこがカットされている。ちょっと役柄がわかりにくくなっている所もあります。
――梅枝さんも30代半ばになりますね。同世代、あるいはもっと若い世代に歌舞伎を見てもらいたい、と思っていらっしゃいますか。
梅枝 それはもちろん、そうですよ。特に古典を見てもらいたい、と思っています。最近は、新作歌舞伎が毎月のように上演されていますが、そこに頼ってはいけない、昔からの歌舞伎の良さも分かって欲しい、と思うんです。ただ、初めて見る方にはわかりにくい所も多いですよね。そこをどうすればいいのか、悩むところです。
――昔は「このお芝居はこういう内容で、こういう伏線が前にあったから、この場面の見どころはここで、こういう所を楽しめばいい」ということが見る側にある程度知識としてありましたけど、今のお客さんたちはそういう下地を持っていないことも多い。今までの「みどり狂言」での上演では「解説無しでは、何が起こっているのか分からない」という声を聞く場合もあります。それは確かに今後の課題でしょうね。まあ、女方役者としては、梅枝さんの下の世代に、中村壱太郎さん、坂東新悟さん、中村米吉さん、中村児太郎さんと生きのいい若手が数多く出ている。楽しみではないですか。
梅枝 でも、そのもうひとつ下の世代では、女方がいないんですよ。このままでは、私や、さっき挙げた後輩たちが10年、20年と娘役をやっていかなければいけない(笑)。女方と立役はまったく別業種だと私は思っていますので、だれか出てきてくれないかなあ、と思っているところです。
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