歌舞伎を源流とする新派の女形の芸。その基本中の基本とはどういうものなのか。女優さんと同じ舞台に立つとき、どんなことを気にかけているのか。女優の波乃久里子さんと女形の河合雪之丞さんが「女優と女形」について語り合うこのシリーズ。2回目は「女形のカラダ」がテーマだ。(聞き手=読売新聞事業局専門委員・田中聡)
―― 「新派・女優と女形」、2回目の今回は、「女形の芸」を中心に語っていただきましょう。まずは「女形」の基本です。「歌舞伎と女形の基本は同じ」ということですが、雪之丞さん、どういうところが基本になるのでしょうか。
雪之丞 われわれが最初に教わるのは、体の使い方ですね。両ひざをくっつけるようにして、膝を曲げて立つと、体を小さく見せることができます。
――「背を盗む」ということですね。まずは「体を小さく見せる」のが重要。
雪之丞 それで、内またで歩幅を小さくして歩く、というのが女形の基本です。さらに、肩甲骨を後ろに下げてくっつけるような感じにすると、なで肩に見えるようになります。
――「肩を落とす」ということですね。
雪之丞 ただ、新派では女優さんと共演しますし、リアリティーが求められる芝居が多いですから、あまりこういう「体を殺す」ことを極端にすると、不自然になってしまいます。特に現代もので「膝を曲げて内またで」ってやると、おかしくなってしまう。
――具体的な匙加減、というものはあるんですか。
雪之丞 そうですね。むつかしい質問ですね。……難しいな。あまり意識せず、自然にやっているんで、逆に若い女形さんたちにどう教えたらいいんだろう。
久里子 女形さんにしても女優さんにしても、その役になって、人間として自然な動きができればいい、ということはありますよ。女優さんとの共演でいろいろなことを雪之丞さんは経験し、また考えながらやってらっしゃるから、若い女優さんたちには「所作の基本は雪さんに聞いて」ということもあります。
……まあ、女形さんと女優さんの違いというのは、例えば手の使い方。座っているときに、女優さんは手を自然に膝のところに置いておくべきなんですが、女形さんは胸の前に両手で形を作ることが多い。実生活ではそういうことはしませんよね。噺家さんじゃないんだから、手であまり芝居をしてはいけない。女優さんたちには私はそう言っています。
雪之丞 歌舞伎でも「あまり手を使うな」とは言われるんですけどね。
久里子 あと、お辞儀する時、膝を一緒に曲げる人がいますね、特に着物を着ているときに。女性は本来しない仕草です。
雪之丞 女形はそういうふうに教わるんですけどね、体をくねらせる必要はないけど、膝を折るって。
久里子 一般の方でも、そういう仕草をする方がいらっしゃる。その方が女性的に見えると思うのかしら。
――歌舞伎の女形さんの動きを見ていて、真似したのが定着しているのかもしれません。
久里子 ああ、それはあるかもしれませんね。そういえば昔、私が衣裳を着けていた時に、(初代水谷八重子)先生に「歩いてごらんなさい」と言われたことがありました。そこで、歩いてみたら「次は下着をつけてないつもりで歩いて」っておっしゃられて。大股になってはいけない、裾を常に気にしていなさい、ということなんですね。女形さんでも女優でもそのあたりは基本中の基本。
――そのほか、着物の時、気を付けた方がいい、ということはありますか。
久里子 まず「お尻を振って歩かない」ということですね。私は「肛門の位置を動かさない」というふうに表現するんですが、体の中心線をぶらさない。そこを動かしてもいいのは、お女郎さんの役の時ぐらいで、芸者さんでもホステスさんでも、そこのところは守った方がいいかなと。
雪之丞 それは女形でも同じですね。江戸の芸者は「柳結び」という帯の結び方をするのですが、その帯がパタパタとお尻を叩くようなのは「ダメな歩き方」と言われました。振り子のように揺れるのがきれいな歩き方。そうなるには、体の中心線がしっかりしていないとダメなんです。
――女形は男性ですから、どうしても体が女性よりも大きい。例えば、並んで座る時など、それを意識させない工夫ってありますか。
雪之丞 まず、小道具で工夫をします。椅子を小さくしてもらったり、下駄の歯を短くしてもらったり。正座するときは、普通に座るのではなく、膝から下を少し開いて、お尻をその間に落とすようにします。その態勢で前のめりになれば、若い娘さん、後ろに引っ込み加減にすればお婆さん、そういうふうに役柄で変えたりもします。
久里子 小道具で微調整するというのは、女優でも同じです。(新派の大先輩で)大矢市次郎という方が、そういうところに厳しかったんです。若い娘の役の時は、下駄の前の方を削る。お婆さんは後ろの方を削る。中年の女性の時は真ん中を削る。そういうふうに形から入ったうえで、ハートも込めていく。形があって心がこもっていれば、芝居としては最高ですからね。
――女優として女形と共演する際に気を付けていることってありますか。
久里子 いや、私は特に意識していません。雪さんは大変な苦労をしているだろうとは思っていますけど。すべて男性で演じている歌舞伎の方が楽だろうな、とは思います。
雪之丞 でも、女形の方が楽な部分もあるんですよ。女形って初めから「ウソ」なんですよ。男性が女性を演じているんですから。お客さまも「ウソ」だと分かっていてご覧になる。だから、役を作っていくのが楽なんです。女優さんは「ウソ」と「ホント」が混同されがち。どこまでが「生の自分」でどこからが「役」なのか、お客さんが混同してしまう時がある。それはそれで難しいと思いますね。
久里子 だから「女優」と「女形」というのは、やっぱり別のものなんですね。「あの人、女優みたい」って言われる女形さんは、私の考えではダメ。それだったら、女優さんをその役に使えばいいんですから。逆に「女形っぽい」と言われる女優さんも私はよくないと思います。女優にしかできない、女形にしかできない、そういう芝居があると思います。
――同じ「女性」を演じるとしても、女優と女形では表現の違いがあるということですね。そのあたりは次回、詳しく語っていただきましょう。
(3回目に続く)
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