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2023.5.26

文楽の次代担う人形遣いコンビ…立役の吉田玉助と女形の吉田一輔

人形浄瑠璃文楽の世界では、いつの時代も人形遣いの名コンビがヒーロー、ヒロインを演じ、舞台を彩ってきた。昭和・平成期には立役たちやくの初代吉田玉男と女形の吉田簑助、現代ならば二代目吉田玉男と桐竹勘十郎……。彼らに続く世代、立役の吉田玉助と女形の吉田一輔は、将来の主軸として期待を集め、ともに50歳代の今、次々と難役に挑んでいる。(編集委員 坂成美保)

立役・吉田玉助 名人への憧れをパワーに

「憧れるのをやめましょう」。「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)で大谷翔平選手がチームメートを鼓舞した言葉を、玉助は4月公演中、自身に何度も言い聞かせた。

本公演で初めて「曽根崎心中」の徳兵衛に配役された。相手役・お初は人間国宝の桐竹勘十郎。「憧れの先輩、文楽界のスターとの共演。芸が劣るのに憧れてしまっては太刀打ちできない。がっぷり四つでぶつかりあってこそだ」

名人・初代吉田玉男が、戦後の復活上演以来、1000回以上演じて創りあげた徳兵衛像を手本としてきた。玉助はあえて、「模倣の呪縛」から自由になろうと意識した。「まねで超えることはできない。『形はいいけど感情が見えない』となってしまう。玉男師匠を踏襲しながら自分らしさを模索できないか」

見得みえなどの「かた」が重視される「時代物」と異なり、男女の機微を描いた「世話物」は、形の奥の感情表現が要求される。

心がけたのは、勘十郎と「イキ」「」を合わせること。相手の呼吸、息遣いと一つになることでかれ合って死にゆく男女の真実に迫った。勘十郎のイキは単調ではなく、いくつものパターンがある。千秋楽まで発見の連続だった。

「曽根崎心中」の徳兵衛を遣う吉田玉助

祖父は、立役遣いの第一人者、三代目玉助。大正・昭和期にスケールの大きな時代物を極めた。父・二代目玉幸も人形遣い。幼少期から楽屋に出入りし、「人形遣いごっこ」に戯れた。同じ道を選んだのは14歳の時。

生まれる前年に亡くなった祖父は写真でしか知らない。先輩は口々に言った。「おじいちゃんが泣いとるで」「おじいちゃんははらが据わって大きな演技やった」。比較されることはプレッシャーだが、修業の糧でやる気の源でもあった。

60歳代で逝った父の念願を果たし、2018年に五代目玉助を襲名。父に四代目を追贈した。

初役は、6月の鑑賞教室でも続く。「仮名手本忠臣蔵」の由良助。祖父の当たり役で初代玉男も得意とした。主君・塩谷えんや判官の切腹に駆けつける四段目は、出の瞬間が見せ場になる。「今か今かと待ちわびたところにスーパースターが登場する。誰よりもかっこよくなければ」

偉大な名人への憧れをパワーに変え、挑戦は続く。

よしだ・たますけ 1966年、大阪府生まれ。祖父は三代目玉助。80年に父・二代目玉幸(後に四代目玉助を追贈)に入門、幸助を名乗る。翌年、初舞台。6月の国立文楽劇場・鑑賞教室「仮名手本忠臣蔵」では高師直(前半)と大星由良助(後半)を遣う。

女形・吉田一輔 師匠の芸の「謎」に迫る

入門からちょうど40年を迎えた今年4月、一輔は「妹背山いもせやま婦女おんな庭訓ていきん」の雛鳥ひなどりを初役で遣った。シェークスピア劇「ロミオとジュリエット」に例えられる悲恋物語のヒロイン。亡くなった父・桐竹一暢いっちょう、引退した師匠の人間国宝・吉田簑助が当たり役とした高貴な姫君だ。

初舞台から1年がたった16歳の頃、父が遣う雛鳥の足遣いを任された。抜てきに有頂天で、ろくに準備しないまま舞台稽古を迎えた。クライマックス「山の段」で恋人・久我之助こがのすけの姿を対岸に認め駆け寄る場面。足遣いは「駒下駄こまげた」を鳴らし、「カランコロン」と足音を付ける。

「もっとかわいい音を鳴らすんや」。いきなり父の怒声が響いた。「お前は遊んでばっかりおるからそうなる」。普段は物静かな父が、周囲も驚くほどの剣幕けんまくでまくし立てた。

「未熟な私に舞台の怖さを教えたかったのでしょう。足遣いが余計な動きをすると、主遣おもづかいの足手まといになってしまう。後に自分が主遣いになって実感しました」

芸は「見て学ぶもの」で、親子でも手取り足取りは教えてもらえなかった。楽屋で練習していると、「人前で稽古するもんやない」。皆が楽屋入りする前や帰宅後、こっそり訓練した。工夫次第で向上できる足遣いの楽しさを見いだしていった。

「妹背山婦女庭訓」の雛鳥を遣う吉田一輔

2004年、父は65歳の若さで逝った。後ろ盾を失って簑助門下となり、芸名も「桐竹」から「吉田」に改姓した。

簑助が遣う雛鳥の、今度は左遣いを経験した。可憐かれんで華やか。派手なのに緻密ちみつかしらがどんな角度でも生きている。その芸は、至近距離で見てきた一輔にも、解けない謎を秘めている。

「絶対まねできない。あんな角度の首にはならない。人形と人形遣いが一体化している。師匠の芸の謎に一生かけて迫ってみたい」

4月公演で、一輔の雛鳥の足遣いを担ったのは、13年に入門した長男の簑悠みのひさ。一輔の祖父・桐竹亀松から4代続く人形遣いとなった。27歳の簑悠は、「遊んでばかり」と叱る必要のない勉強熱心さで、入念に準備し、頼もしい演技を見せた。

「基本に忠実に丁寧に遣え」。父が繰り返した言葉は、今も胸に残る。長男にも同じ心構えを伝えていきたいと思う。

よしだ・いちすけ 1969年、大阪府生まれ。祖父は四代目桐竹亀松、父は桐竹一暢。83年に父に入門。2004年、父の死去に伴い、吉田簑助門下に。6月の国立文楽劇場・鑑賞教室「仮名手本忠臣蔵」では桃井若狭助(前半)と塩谷判官(後半)を遣う。

(2023年5月24日付 読売新聞夕刊大阪版より)

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