人形浄瑠璃文楽の米国公演が〔2024年〕9~10月、コロナ禍を経て5年ぶりに実施される。上演演目は「曽根崎心中・天神森の段」。近松門左衛門の古典と「クールジャパン」の代名詞・アニメーションが融合した実験作で、3月に東京で初演された。次世代スターとして注目を集める人形遣い・吉田玉助と吉田簑紫郎のコンビが、古くて新しい「お初・徳兵衛」の心中シーンに挑む。(編集委員 坂成美保)
「天神森の段」は「曽根崎心中」のクライマックス。心中を誓い合った遊女・お初と恋人の徳兵衛が、夜の森をさまよい、最期を迎えるまでが、舞踊・音楽的要素が強い「道行」の形式で描かれる。
場所や時間の移り変わりを、文楽では通常、ベニヤ板に紙や布を貼り、絵の具で風景を描いた「背景画」を入れ替えて表現する。今回は、背景画の代わりに、スクリーンに映像をプロジェクターで投影する。
投影する映像美術を、スタジオジブリ作品「となりのトトロ」「もののけ姫」の美術監督・男鹿和雄が手がけ、米国公演に先駆けて3月、東京・有楽町のよみうりホールで初演された。
実験的な取り組みをする一方で、人形の動き「振り」では「原点回帰」を目指した。徳兵衛役の玉助とお初を勤める簑紫郎は、戦後の復活上演で、この場面を振り付けた舞踊家・澤村龍之介(故人)が稽古に立ち会っていた頃の舞台映像を研究。「振り」と浄瑠璃に書かれた詞章の関係を見つめ直したという。
例えば、1980年代の映像では、〈空も名残と見上ぐれば〉の詞章に合わせて、人形が空を見上げる動作がはっきり分かる。その後、上演を重ねるにつれて、動きの一部が簡略化されることもあったという。
「演者から演者へ、振りを伝えていく時、その意味を深く考えずに覚えることもある。一つの振りの奥にある意味を再確認し、未来に継承していく足がかりにしたい」と玉助。
簑紫郎は、師匠の吉田簑助が当たり役としてきたお初を遣い、師と舞台を共にした日々を懐かしく思い起こしたという。「何となくやっていた動きも浄瑠璃の言葉とリンクしていることを実感し、古い振り付けから、再構築していく作業だった。振りの変遷に師匠の思いを探ることもできた」と振り返る。
公演は9月28日から10月12日までの日程で、ロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントンなど5都市のホールで実施される。
2019年の米国公演にも参加した玉助は、「文楽の伝統を汚さない演技を、という大きなプレッシャーを感じる。初めて文楽を見る方にこそ、一番いいものを見ていただきたい。米国で本物の文楽をお見せできれば」と意気込みを語る。
簑紫郎も「今回初めて文楽に触れた観客が、いつの日か日本を訪れ、文楽に足を運んでくださるよう、まずは種まきをしてきます」と準備に余念がない。
総合プロデューサーを務める神田竜浩・国立劇場伝統芸能課長の話「アニメと融合させた『曽根崎心中』制作は、文楽の『型』を守りつつ、人形と映像の親和性を生かす新たな挑戦で、3月の国内初演では確かな手応えも得られた。浄瑠璃の語りと人形の演技が一体となった文楽のスタイルは世界の演劇の中でも極めて珍しい。米国公演で海外の人に文楽の魅力を発見してもらい、フィードバックする形で日本人も文楽の素晴らしさを再確認できたら」
(2024年8月30日付 読売新聞夕刊より)
0%