東京・国立劇場の三月歌舞伎公演(2021年3月4日~27日)は、明智光秀が本能寺の変を起こすまでのドラマを描く「時今也桔梗旗揚」を上演する。
NHK大河ドラマ「麒麟が来る」で、忠義に厚い光秀への注目が高まるなか、本編の前に史実と歌舞伎の光秀の違いを紹介する解説コーナーも設ける。主人公・光秀に初役で挑戦する尾上菊之助さんは、「私自身もドラマのファン。光秀の心情を丁寧に積み上げたい」と意気込む。あらすじや見どころ、演じる菊之助さんの思いを紹介する。
主君・小田春永(織田信長がモデル)の命令で、勅使(朝廷の使い)の接待の準備をしていた武智光秀(明智光秀がモデル)。張り巡らされた幕に光秀の紋が描かれているのを見た春永は激怒し、しつらえを破壊し始める。短慮をいさめる光秀に春永はさらに立腹し、「不忠だ」として森蘭丸に鉄扇で光秀の顔を打たせた上、光秀に蟄居(自宅での謹慎)を命じる(序幕・饗応の場)。
蘭丸ら家臣の取りなしにより、光秀は京都・本能寺で春永と面会するが、春永は杯の代わりに馬を洗うためのたらい「馬盥」で光秀に酒を飲ませてののしり、真柴久吉(羽柴秀吉がモデル)の下で出陣すること、蘭丸に領地を譲ることなどを命じる。理不尽な仕打ちに耐える光秀だが、貧しい浪人時代に妻が売った切り髪を春永から渡されると、ついに身を震わせ、意を決した様子を見せる(二幕目・本能寺馬盥の場)。
山中の坊にいる光秀の元に、春永の使者がやってくる。覚悟を決めて切腹の準備を進めていた光秀は、主君・春永へ示す辞世の句として「時は今天が下知る皐月かな」と詠み上げる。その直後、戦の始まりを知らせる太鼓の音が響く。使者を切り捨てた光秀は……。(大詰・愛宕山連歌の場)
照明が落ちるとドラマのオープニングテーマが流れ、「入門 歌舞伎の“明智光秀”」と題した解説コーナーから始まる、通常とは異なる公演スタイル。本能寺の住職役で出演する片岡亀蔵さんが案内役となり、劇中に登場する小道具やセリフを紹介しながら、見どころを軽妙に解説して物語の世界をひもとく。「歌舞伎に触れたことのある方もない方も、本編を楽しんでいただけるように」と菊之助さん。
光秀を演じることについて菊之助さんは、「岳父(中村吉右衛門さん)の光秀にあこがれがあり、光秀という人物にも興味がありました。また僕自身ドラマのファンで、光秀が反逆者ではなく太平の世を望んでいた人物と再解釈される機運もあり、光秀にぜひ挑みたいと思いました」と意気込む。
「時今也―」は、「東海道四谷怪談」など、庶民の生活を生々しく描いた「世話物」の名手で知られる鶴屋南北が手がけた「時代物」。忠義に生きる武士の物語は、現代人には難解に受け取られがちだが、本作では春永からの「パワハラ」に耐え続けた光秀が、ついに怒りを爆発させ、忠臣から反逆者へと変わる心情が写実的に描かれている。
大詰では、これまでの辛抱が一転、光秀は一気に謀反の行動を起こし、春永の劣勢を知ると、「心地よし、心地よし」と叫ぶ。カタルシスが得られる幕切れだ。「南北の作品は一つのボタンの掛け違いがすべてを狂わせてしまうという劇的な構造を持っていますが、今回もそうですね」と話す。
今回、光秀を長年手がけてきた吉右衛門さんが監修として加わり、菊之助さんに指導を行ったという。「それまで私は岳父の芸の大きさやセリフまわしの美しさなどに見入っていたのですが、今回お稽古させていただいて、それはあくまでも結果であることがわかりました。大事にしなければいけないのは春永公に対する思いと、心情の積み上げです」と振り返る。
「光秀はあくまで天下太平を願い、春永が戦乱の世を治めてくれるだろうという思いで仕えていた。ところが饗応の席で眉間を割られ、馬盥で酒を飲まされ……ついには貧しい時に自分の妻が売った切り髪を見せつけられてしまう。その時に、自分のたどってきた過去や春永の独裁的なところが心の中でシンクロしてしまい、積み上げてきたものが崩れてしまった」と光秀の心情を思いやる。
「陰々滅々とした中にも、形の美しさを見せるのが歌舞伎。形の美しさを見せるためには、内面を積み上げていないと、ただのものまねになってしまう」とし、「(最後のシーンまで)春永公に対する思いの積み上げ方に、演技の成否が詰まっている気がします」と気を引き締める。
役作りにあたっては、光秀に関する様々な資料を参考にしたといい、「(大河ドラマで主演した)長谷川博己くんからも、どんな資料を読んだかを聞きました」とエピソードを披露。永青文庫(東京都文京区)で開催された展覧会では、光秀が書いたと言われる書簡も見たという。「光秀の書は王道で分かりやすく、あまり個性的ではなく、非常に実直な人物だということが読み取れるように感じました」
一方で、「信長の書簡はとても派手で非常に豪快な字で書かれていました。戦国の世には信長のような強権的なリーダーシップが必要だったと思うのですが……私自身はどちらかと言うと光秀のタイプなんじゃないのかな」と付け加えた。
最近は音羽屋(尾上菊五郎家)が得意とする「世話物」だけでなく、吉右衛門さんに「時代物」を学ぶ機会も多い。「以前は、時代物は型が重要でやることはある程度決まっていると思っていましたが、岳父からそれは違うと教わりました。
(大正時代に「菊吉時代」を築いた)初代吉右衛門と六代目菊五郎は、それぞれに違うもの、個性を出して切磋琢磨していったのだと思いますが、心で演じるのは共通だったはずです。時代物でも世話物でも、型に対して内面を埋めていくのはどちらも同じだと思って取り組んでいます」とし、芸の継承に貪欲さを見せた。
出演はほかに、春永役に坂東彦三郎さん、光秀の妻・皐月役に中村梅枝さんら。
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(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来、写真:読売新聞写真部 奥西義和)
開催概要
日程
2021.3.4〜2021.3.27
※開演時間は午前11時から、または午後3時から(日によって異なるため、公式サイトをご確認ください)
※10日(水)・11日(木)・19日(金)は休演
国立劇場 大劇場
東京都千代田区隼町4-1
1等席 7,000円 (学生 4,900円)
2等席 4,000円 (学生 2,800円)
3等席 2,000円 (学生 1,400円)
お問い合わせ
国立劇場チケットセンター(午前10時~午後6時)
0570-07-9900
03-3230-3000[一部IP電話等]
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