東京・国立劇場の10月歌舞伎公演(10月2日~26日)は、「天竺徳兵衛韓噺」を、中村芝翫さんの主演で上演する。屋敷を押しつぶすほどの大蝦蟇の出現や、瞬時に別の登場人物になりかわる「早替わり」など仕掛けの連続に、初演の江戸時代には「(禁制の)バテレンの妖術を使っているのでは」と怪しまれ、奉行所が取り調べたというエピソードも残る。様々な趣向がちりばめられ、ひとときも目を離せないスペクタクル劇の見どころを紹介しよう。
時は室町時代。将軍家の重臣である佐々木家ではお家騒動が起こっていた。異国をまわり天竺(インド)から帰国した船頭の徳兵衛は、佐々木家の家老・吉岡宗観と出会う。宗観は、自らは日本転覆をもくろむ大明国の遺臣で、徳兵衛は実の息子だと告げる。実父から蝦蟇の妖術を譲り受けた徳兵衛は、父の遺志をついで日本転覆を狙う。
「天竺徳兵衛韓噺」は、鎖国前の江戸時代初期、東南アジアの国々をまわって見聞録を残した播州国(兵庫県)の実在の人物・徳兵衛をモデルにしている。狂言作者、四世鶴屋南北(1755~1829年)の出世作だ。南北は幽霊の「お岩さん」が登場する「東海道四谷怪談」などを著し、今年は没後190年にあたる。
初演は江戸時代後期の文化元年(1804年)。国立劇場の渡邊哲之・歌舞伎課長は、「演劇の世界では客が入りづらいと言われる夏芝居で、ロングランになるほど人気になった」と説明する。戦後も名優らの手によって繰り返し上演されてきた。通し上演は20年ぶり。
目を引くのは奇想天外な仕掛けの数々だ。渡邊さんの一押しは、徳兵衛の妖術によって屋敷の屋根の上に巨大な蝦蟇が現れるシーン。「徳兵衛が上に乗り、蝦蟇を使って舞台上を混乱に陥れる。重みで柱が折れ、屋敷が崩れていく『屋体崩し』の仕掛けも見逃せません。最近の蝦蟇はリアルなカエルのように作ることが多いのですが、今回はあえて古風な、江戸時代の蝦蟇を再現しようと考えています」
その次のシーンでは、蝦蟇に変身した徳兵衛と捕手たちとの立廻りが続き、最後には徳兵衛が蝦蟇から人間に戻る。「人間の格好に戻った後のかっこいい姿、そこからカエルが水中を進む様子をイメージした『水中六方』も見どころ。六方は足を踏み鳴らすなど勇ましい演技ですが、水中のイメージなので足音を立てないように進むんです」と明かす。
初演時に「本物の妖術を使っているのでは?」と疑われたのが、徳兵衛が瞬時に別の役に変身する「早替わり」だ。物語の大詰めで、徳兵衛は目の見えない座頭に化けるが、正体を見破られ、泉水の中に飛び込み逃げていく――というストーリー。舞台では、実際に水を使って泉水を表現する。
泉水に飛び込むやいなや、今度は全く違う衣裳、化粧の人物に扮して別の場所から堂々と現れる。「広い国立劇場なので、移動するだけでも大変ですが、舞台機構も含め工夫を重ねており、今回も皆様をあっと驚かせたいです」
江戸っ子も奉行所も驚かせた奇想天外な仕掛けの数々。南北ゆかりの秘伝のアイデアに、現代の技術を組み合わせ、よりスケールアップさせた本作は、セリフや小道具などの細かな点にも見どころが多い。
〈下〉では、配役も詳しくご紹介。今回の公演ならではの情報をお届けする。お楽しみに。
(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)
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