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重要文化財「瑞巌寺本堂 墨絵の間障壁画」南西面  宮城・瑞巌寺蔵

2026.1.25

【修理助成 全国に広がる3】重要文化財「瑞巌ずいがん寺本堂 墨絵の間障壁画」(宮城・瑞巌寺蔵)

2026年度「紡ぐプロジェクト」修理助成事業

2026年度の「紡ぐプロジェクト」修理助成事業は、宮城県から重要文化財「瑞巌ずいがん寺本堂墨絵の間障壁画」(瑞巌寺蔵)、福岡県から同「不空羂索けんさく観音立像」(観世音寺蔵)、高知県から同「大威徳明王だいいとくみょうおう像ほか12件」(竹林寺蔵)が申請された。修理助成対象となった計7件はいずれも劣化が進み、絵画3件は本紙の亀裂やのりの劣化、仏像3件は漆箔しっぱく層の浮き上がりや虫食いなどが見られる。貴重な文化財を後世に伝えるため、素材を調査し、最善の修理方法を検討したうえで、1年~数年の作業に着手する。

瑞巌寺の本堂
「謎の絵師」大胆、ユニークな構図

瑞巌寺は1609年、仙台藩祖・伊達政宗が建立した。国宝の本堂を飾る襖絵ふすまえなどの障壁画は、藩の御用絵師、狩野左京と長谷川等胤とういんらが1620年から2年かけて描いたとされる。

同寺は1985年、傷みが著しい原本を修理するとともに、新しい襖161面への復元模写を開始。10年余りかけて、当初の華麗な色彩を本堂によみがえらせた(修復した原本は同寺宝物館で保存)。重要文化財に指定されている障壁画は、板戸絵などを合わせて211面に上る。

重要文化財「瑞巌寺本堂 墨絵の間障壁画」北東面  宮城・瑞巌寺蔵
墨絵の間の襖に描かれた「龍虎図」の虎(昨年〔2025年〕12月11日、宮城県松島町の瑞巌寺で)=永井秀典撮影

今回、修理助成対象となった「墨絵の間」の障壁画はその際、復元模写が困難だとして、部屋には修理した原本が戻された。それから約30年たち、浮きやはがれが進行。放置すれば、亀裂の広がりや剥落を避けられないため、襖(縦約2メートル、横約88センチ)20面、障子腰貼り付け(縦約28センチ、横37センチ)2面に剥落止めなどの処置を施す。修理は5年計画で進める。

本堂奥にある「墨絵の間」は、住職の応接間だったとされる。宗教儀式を営む「室中しっちゅう」(通称「孔雀くじゃくの間」)を始めとする本堂表側の各部屋は、総金地の障壁画で彩られているが、「墨絵の間」は本堂で唯一、水墨画が描かれている。禅宗由来の「龍虎りゅうこ図」「寒山拾得かんざんじっとく図」などだが、動物や人物の表情、姿態は端正というよりユーモラス。大胆かつユニークな構図が目を引く。

吉備幸益 雪村系統の画家か

押された落款からわかる作者、吉備幸益は生没年不詳。現存作品が少なく、「謎の絵師」とされる。

重要文化財「瑞巌ずいがん寺本堂 墨絵の間障壁画」 宮城・瑞巌寺蔵、部分
作者は「謎の絵師」とされる吉備幸益。大胆でユーモラスな筆致が特徴だ=永井秀典撮影

「紡ぐプロジェクト文化財維持・修理助成事業」選考委員の増記隆介東京大准教授(美術史学)は、幸益を、「室町時代から戦国時代にかけて関東地方で活躍した画僧、雪村せっそんの系統に連なる画家ではないか」とみる。雪村は近年、再評価が進む水墨画家だ。

雪村は、その大胆な筆致から、江戸期の伊藤若冲ら「奇想の画家」の源流とも位置づけられる。増記准教授は「狩野派などの絵だけでなく、雪村系の絵も配したところに、伊達政宗の好みが感じられる。雪村の画風が関東、東北で継承されていたことがわかる貴重な作例だ」と指摘する。

松島湾に面した同寺は、東日本大震災の津波が参道まで押し寄せ、塩害により杉並木の多くを失った。だが、現在は植樹した若木が育つ。

吉田道彦どうげん住職(72)は「松尾芭蕉が唱えた『不易流行』の通り、移り変わるもの、変わらないものがある」とした上で、「古人が残した寺宝は、長い歴史の中で、たくさんの人の努力と情熱によって守られてきた。今回の修理でまた、時代を超えた美しさをとどめることができるのは大変ありがたい。その尊い姿を、多くの人に見ていただきたい」と話す。

本堂の中心、「室中」に立つ吉田道彦住職

(2026年1月11日付 読売新聞朝刊より)

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