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2026.1.16

【工芸の郷から】仙台ひら(仙台市)― 無二の袴地 唯一の織り手「どんな動作も美しく」

年季の入った織機で織り進める甲田悟子さん=永井秀典撮影

高級絹織物「仙台ひら」のはかまは、座れば優雅に膨らみ、立つとさらりと裾が落ちて真っすぐに整う。古くはノーベル賞に輝いた川端康成、近年は国民栄誉賞を受けた羽生結弦さんが授賞式、表彰式で身につけたことで知られる。

江戸時代、仙台藩の4代藩主・伊達綱村が織物師を召し抱え、藩御用の織物を作らせたのが始まりとされる。藩の特産品となり、明治以降も仙台市の民間企業6軒が生産を続けたが、いま残るのは1社。合資会社仙台平の工房は、清流・広瀬川のほとりに立つ。

同社の代表で、ただ一人の織り手でもある甲田悟子さん(61)は5代目。「唯一無二」と自負する袴地を、「どんな動作も美しく見せ、光沢を放つ。『織風合おりふうあい織味おりあじ織香おりかおり、気品』の四拍子がそろっている」とし、「男性の袴姿に何とも言えない色気がにじみ出るんです」と話す。工程は30に達し、生糸を柔らかくする精練や草木染による染色から手がける。

仙台平の反物
織機に並べられたさまざまな色の経糸

年季の入った織機には、さまざまな色を組み合わせたたて糸1万本が並んでいた。グラデーションなど複雑な柄になると、1本ずつ糸を並べるのに1か月かけることも。よこ糸は、髪の毛より細い糸を、りをかけずに十数本引きそろえて水で湿らせ、1本にする。踏み木を踏んで「カラカラ……」と経糸に緯糸を通し、「タンタンタン」と3度強く打ち込む。この方法が、「縦に柔らかく横にはりがある」独特の風合いを生む。

1反(約11メートル)を織り上げるのに2~3週間余り。「果てしない作業です。一日中すこーしずつ歩いているみたい。寝ないでやれればいいんですけど」。一心に手足を動かす姿は、民話「鶴の恩返し」を思わせる。「鶴がどんどんやつれていったのも、わかる気がしますね」

一子相伝の技法は国の重要無形文化財で、祖父・栄佑さん、父・綏郎よしおさんは人間国宝。戦時中に軍服など軍用品製造への転換を迫られても、戦後に洋装化が急速に進む中でも、栄佑さんは伝統的な精練や染色の技法を研究し、改良し続けたという。

「傍らに寄り添ったのが父。祖父が亡くなった後は一人で懸命にやっているのをずっと見てきた」。大学では英米文学を専攻したが、「本気で覚えるから教えてください」と卒業時に切り出した。「私なりに仁義を切ったんです」と笑う。伝統を継ぐ者として、「ようやく入り口に立てた」と感じたのは7年前、日本伝統工芸展への出品を綏郎さんに許されたときだ。

親子二人三脚で歩んできた綏郎さんは今年〔2025年〕10月、96歳で亡くなった。生糸の染色などを共に担う夫の昌樹さん(63)が、「最近は、何かあると『悟子に聞け』が綏郎社長の口癖でした」とほほ笑むと、「少しは認めてくれてたのかな」と悟子さん。「次の世代にバトンを渡すまで、まだまだやることがあります」と、夫婦で新たなスタートラインに立つ。(文化部 山田恵美)

(2025年12月24日付 読売新聞朝刊より)

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