
高級絹織物「仙台
江戸時代、仙台藩の4代藩主・伊達綱村が織物師を召し抱え、藩御用の織物を作らせたのが始まりとされる。藩の特産品となり、明治以降も仙台市の民間企業6軒が生産を続けたが、いま残るのは1社。合資会社仙台平の工房は、清流・広瀬川のほとりに立つ。
同社の代表で、ただ一人の織り手でもある甲田悟子さん(61)は5代目。「唯一無二」と自負する袴地を、「どんな動作も美しく見せ、光沢を放つ。『


年季の入った織機には、さまざまな色を組み合わせた
1反(約11メートル)を織り上げるのに2~3週間余り。「果てしない作業です。一日中すこーしずつ歩いているみたい。寝ないでやれればいいんですけど」。一心に手足を動かす姿は、民話「鶴の恩返し」を思わせる。「鶴がどんどんやつれていったのも、わかる気がしますね」
一子相伝の技法は国の重要無形文化財で、祖父・栄佑さん、父・
「傍らに寄り添ったのが父。祖父が亡くなった後は一人で懸命にやっているのをずっと見てきた」。大学では英米文学を専攻したが、「本気で覚えるから教えてください」と卒業時に切り出した。「私なりに仁義を切ったんです」と笑う。伝統を継ぐ者として、「ようやく入り口に立てた」と感じたのは7年前、日本伝統工芸展への出品を綏郎さんに許されたときだ。
親子二人三脚で歩んできた綏郎さんは今年〔2025年〕10月、96歳で亡くなった。生糸の染色などを共に担う夫の昌樹さん(63)が、「最近は、何かあると『悟子に聞け』が綏郎社長の口癖でした」とほほ笑むと、「少しは認めてくれてたのかな」と悟子さん。「次の世代にバトンを渡すまで、まだまだやることがあります」と、夫婦で新たなスタートラインに立つ。(文化部 山田恵美)
(2025年12月24日付 読売新聞朝刊より)
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