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2025.6.30

「世界文化フォーラム」始動 — 専門家座談会 日本文化語る講演動画など配信

日本文化の特質を語る講演や対談を世界に向けて動画で配信する「世界文化フォーラム」が発足した。三笠宮家の彬子さまの特別記念講演「日本美のこころ」(〔2025年5月〕31日収録、観覧の募集は終了)で始動し、以降、各界の識者が登場する。コーディネーターを務める日本美術や工芸の専門家4人が発足の経緯や意義を語り合った。(構成・清川仁)

室瀬 構想は、約3年前から。21世紀になり文化の価値観が大きく変わる中、あまり知られてこなかった日本文化の歴史や深さを、世界の方々に理解していただく機会を作りたいと、内田先生と話してきた。

内田 世界に広げていく方法を河合先生にご相談したら、リピット先生をご紹介され、ハーバード大ライシャワー日本研究所の公式サイトからオンライン発信していただけることになった。現時点で10か国20施設ぐらいからの発信協力を得ています。

河合 米国で日本美術史を勉強する人は減っているが、リピット先生は一番頑張っておられる。2023年に先生が企画された米国での「正倉院シンポジウム」に参加した際、お話ししたら賛同していただけた。

リピット 正倉院の宝物は約10年前から調べるようになったが、海外では比較的知られていなくて驚いた。室瀬先生は正倉院に色々関わられていて、お話しするのを楽しみにしていた。内田先生はご著書『光琳蒔絵の研究』のあとがきに、日本の伝統工芸には思想史もあると書かれていて刺激的でした。お話を頂いた時、絵画とは別扱いされている日本の伝統工芸を捉え直し、世界が学ぶことが重要なテーマだと思った。

室瀬 正倉院は、1000年以上にわたり日本のものづくりの根幹になっていると思う。それを世界に改めて理解していただくいい機会。河合先生はそもそも日本の絵画と工芸は境目がなくずっとオーバーラップしている、それが日本の文化だとお話しされていた。

河合 日本の絵画は独立した存在ではない。屏風びょうぶ絵は家具であるし、国宝「源氏物語絵巻」は挿絵でしょう。だが明治期、海外の万博へ作品を出す際、出品区分として「美術」という翻訳語が生まれ、日本が主張する美術工芸品が美術館への展示を拒否されることもあった。次第に国内でも、美術と工芸が曖昧な概念規定のまま定着していった。

リピット ハワード・ガードナーという教育論者が唱えた「アーティスティック・インテリジェンス」という言葉があります。ものを作る人は、素材に対する感性や世の中の捉え方に特殊なものがあるという主張です。伝統工芸はまさに、その結晶。漆を扱っている方は、樹木や季節に敏感で、特殊な自然観や時間を持っているのではないか。

内田 工芸において素材に寄り添うことが重要で、その技術にも連綿として続いてきた日本文化の流れがある。今後のフォーラムでご登場いただく野依良治先生(ノーベル化学賞受賞者)と近藤誠一先生(元文化庁長官)との打ち合わせの中で、21世紀は競争の時代から協調の時代へとパラダイム転換しなければいけない、それには「自然と人間社会の調和」を重んじてきた日本文化の果たす役割が大きいというお話を頂いた。

室瀬 協調という言葉があったが、日本は長い歴史の中で、世界の文化を否定することなく組み込み、日本人の感性を上手に融合させながら新たな価値観を作り、次の時代につなげてきた。その都度、葛藤もあったと思うが、この積み重ねが日本人の豊かな感性を育んできた。

河合 考古学者によると、日本人は縄文時代には家畜を飼っていたという。里山で自然と一体になって生活し、美術も文学も自然と人との関係にモチーフを得てきた。一方、西洋は自然を克服することにより、文明、文化ができ、科学を発達させてきた。

リピット 日本は伝統工芸を大切にしている国。特に文化財制度では、無形文化財を保存してきたことが優れていて、世界にも例が少ないと思う。

室瀬 日本は「ものを作り出す」「演じる」「音を出す」ということまで文化であると評価したことは重要。その表現を変えずに守るのではなく、時代と共に表現は変わっても自然や素材を大事にするという価値観は変わらない。価値観をつないでいくのが無形文化財の一番のポイントだと思っています。

河合 昔、あるシンポジウムで、室瀬先生が「無形文化財は生き続けなくちゃいけない」とおっしゃった時に、「人間国宝の皆さん、トキになっちゃダメです、保護されるようになったらもう続かない」と僕は言ったことがある。

内田 まさに、トキ状態のものを保護するのが選定保存技術。もう、その方が亡くなったら技術が残らない。ですが先日、読売新聞社などが主催した「工芸シンポジウム」では、地域一体で産地の技術を残すという話があり、協調の時代を感じた。そうした色々な形で活動していかないと日本の文化が風化してしまう中、このフォーラムにも意義があると思う。

リピット 将来は、文化を国ごとに考えるのではなく、共通の価値観を持つことが理想。海外の人が日本の文化遺産も継承していく気持ちになることを目指し、そこに一歩でも近付けたら成功だと思う。

【主催】ハーバード大学美術史建築史学部、MOA美術館、日本芸術文化振興会、文化庁

◎年4回配信 フォーラムは年4回配信。初年度は、第2回=コーディネーター4人による座談会、第3回=野依良治氏、近藤誠一氏対談と続く予定です。読売新聞は各回の配信に合わせ、今後の紙面で概要を紹介していきます。

(2025年5月28日付 読売新聞朝刊より)

◇木佐貫冬星撮影

伝統工芸捉え直し世界が学ぶ必要 ―リピット・ユキオ
リピット・ユキオ ハーバード大教授

リピット・ユキオ
 ハーバード大教授(専門は中世・近世の日本絵画史、建築史)

絵画と工芸 独立した存在ではない —河合正朝
河合正朝 慶応大名誉教授

河合正朝 (かわい・まさとも)
 慶応大名誉教授(専門は中世・近世の日本絵画史)

自然や素材大事にする 価値観不変 —室瀬和美
室瀬和美さん

室瀬和美(むろせ・かずみ)
 漆芸家(重要無形文化財「蒔絵まきえ」保持者)

協調の時代へ役割大きい ―内田篤呉
内田篤呉 MOA美術館館長

内田篤呉(うちだ・とくご)
 MOA美術館館長(専門は日本工芸史)

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