喜多川歌麿や東洲斎写楽ら天才絵師を見いだした希代の版元、蔦屋重三郎の活躍を描くNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が話題を集めている。物語で存在感を放つのが優美な浮世絵だ。江戸時代の技術革新で花開いた木版画の豊かな表現は、今も国内外の人々を魅了している。
本の挿絵から独立し、墨一色だった江戸初期の浮世絵は、美人画や役者絵といった主題の広がりとともに数色を版で重ねる改良が進み、やがて高度な多色摺りへ到達した。描写は精緻で色も鮮やか、そのうえ、値段も手頃。庶民の心をつかんだこの技を支えたのが、今も続く分業体制だ。
シュッ、シュッ、シュッ――。幕末の安政年間創業の高橋工房(東京都文京区)2階で、摺師の早田憲康さん(41)が、版木にのせた顔料をブラシでなじませた後、手際よくばれんを動かして和紙に色を摺りこんでいく。本藍、黄、墨などの色を重ね、葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」が仕上がっていく。早田さんは「彫りの良さを消さないようにしつつ、大事なのは富士山に向かう空間を生かすなど作品ごとに適した摺り方です」と語る。
早田さんら職人をまとめ、企画や販売ルートの確保などにあたる「版元」を軸に、下絵を描く「絵師」、版木に彫る「彫師」、版木を基に色を重ねる「摺師」が一体となり作品は生まれる。版元と摺師を兼ねる同工房の6代目代表、高橋由貴子さん(80)は「すっきりとした印象を与えるのが江戸の木版画。技術は一朝一夕には身につきませんが、脂の乗った40代の職人たちが頑張っています」と語る。
明治期以降、海外から導入された迅速で大量印刷を可能にする技術に押され、浮世絵は徐々に衰退。高級路線など新時代への対応が模索されるも、かつてほどの需要はなく厳しい状況が続いていた。
そんな中、職人や材料・道具製作者らは1992年、技の継承や材料確保のため、「東京伝統木版画工芸協会」を設立(後に、協同組合に改称)。受け継がれる技法で生み出される逸品は2007年、「江戸木版画」として国の伝統的工芸品に指定された。職人の減少など業界を取り巻く環境は苦しいが、海外の著名人らが木版画に注目するなど明るい兆しもある。
同工房ではコロナ後、海外の観光客の問い合わせが増え、体験会を実施。また、菓子メーカーやマンガなどのキャラクター、国際的に活躍するアーティストらのデザインした作品も手がけている。組合の理事長も務める高橋さんは「江戸時代も旬なものを作ってきた。若手を育てながら、この伝統を次代につなげたい」と語る。
(東京文化部 今岡竜弥)
(2025年3月26日付 読売新聞朝刊より)
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