人形浄瑠璃文楽のドラマの核には、愛別離苦の悲劇がある。我が子を犠牲にする親の苦渋や、離ればなれになった親子の再会と別れは繰り返し描かれてきた。「伽羅先代萩」の千松、「傾城阿波の鳴門」のおつるのように、子役が重要な役目を担う作品もある。
大阪・国立文楽劇場で上演中の「奥州安達原」もそんな作品の一つで、盲目となった袖萩とその父母、袖萩の娘・お君の親子3代の情愛が軸になっている。
天皇の弟・環の宮の守り役、直方は宮の誘拐事件で窮地に陥っている。直方の娘・袖萩は、東国の浪人と駆け落ちして親に勘当された末に、夫と離ればなれになり、貧苦の果てに失明。10歳になる娘・お君を連れて物乞いになっている。
袖萩を遣うのは人間国宝の吉田和生。お君役を桐竹勘次郎が勤める。父母を訪ねた屋敷の門前で、袖萩は破れ三味線を弾き、自らの哀れな境遇を即興歌「祭文」に託して許しを請うが、両親は許すわけにはいかない。
寒さのあまり、癪を起こし、気絶寸前の袖萩。お君は自分の着物を脱いで掛け、雪をすくって気付けのため、袖萩の口元にふくませる。
冷たさに耐えかね、雪をこぼしてしまう場面で、勘次郎は前回、師匠の桐竹勘十郎に「熱くて落としたように見える」と指摘され、「触れた瞬間ではなく、持っているうちに冷たくなる芝居を」と助言された。
以来、反射的に落とすのではなく、雪がだんだん冷たく感じられ、我慢できなくて落とす演技を心がけている。かじかむ手にふっと息を吹きかけ、もう一度すくって運ぶ。
「子役を遣う時は、自分の体も縮めて肘を張らないよう気をつけています。お君は袖萩の目でもある。子どもらしさを残しつつ、周囲を観察して母親をサポートする冷静さも大事にしています」
終盤、手紙の筆跡から、袖萩の夫は奥州の豪族・安倍貞任で、環の宮を誘拐した首謀者だと判明する。直方は責任を負って切腹し、袖萩も自ら命を絶つ。
親子の別れが観客の涙を誘うのは、手のひらの雪の感触まで、リアルに表現する細部の積み重ねがあってこそだろう。
(編集委員 坂成美保)
奥州安達原
初演は1762年、大坂・竹本座。近松半二らの合作による時代物で、源頼義・義家親子が陸奥の豪族・安倍氏を討伐した「前九年の役」が題材になっている。複雑な人物相関と謎解きの要素が盛り込まれているのが特徴。安倍氏と源氏の対立に、巻き込まれていく袖萩の家族の悲劇が描かれる。
国立文楽劇場「〔2023年〕11月文楽公演」で26日まで上演中。第1部は「双蝶々曲輪日記」「面売り」。第2部は「奥州安達原」。第3部は「冥途の飛脚」。(電)0570・07・9900。
国立文楽劇場1階ロビーでは上演期間中、最新のデジタル技術によってゲーム感覚で、人形の動き「型」を体験できるイベント「デジタル文楽」=写真=を開催している。体験無料。
(2023年11月22日付 読売新聞夕刊より)
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