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2023.1.31

【工芸の郷から】新たな価値 80センチの冠に ― 肥後象嵌(熊本県)

象嵌が施された制作中の観音像の冠(熊本市で)

花びらや炎をかたどった鉄地の溝に、小型の金づちを用いて金線を打ち込んでいく。約400年の歴史を誇る熊本の伝統工芸「肥後象嵌ぞうがん」。小物のアクセサリーが製品の主流を占める中で、肥後象嵌士の稲田憲太郎さん(46)(熊本市)が現在手がけているのは、台湾の寺院から注文を受けた観音像の冠で、円周約80センチもある大作だ。

象嵌とは下絵を描いた鉄地にたがねで刻み目を付け、金や銀の板や線を打ち込む技法だ。肥後象嵌はこれを熊本藩の鉄砲鍛冶が銃身や刀のつばの装飾に応用したもので、象嵌を施した後、さび出し液を塗る作業を繰り返し、お茶で煮出して鉄地に黒い鉄さびを出す。仕上げに、そのさびを落とすと黒漆のような品格が生まれる。

オーダーメイドで肥後象嵌を制作する稲田憲太郎さん

「新しいことに挑戦して付加価値を創造したい」と制作に励む稲田さん。肥後象嵌の模様は花鳥風月など「静」のモチーフが多い中、竜や虎など「動」の世界を表現してきた。鉄地をヤスリで削って竜などのモチーフそのものの形にして、象嵌を施すことで立体的かつ躍動感のある作品に仕上げる。

今回の冠は台湾で体験教室を開いたことがきっかけで、4年前に寺院から注文を受けた。燃え上がる炎や、花びらの輪郭など細部にこだわり、制作には1年近く費やした。この冠が自身最大の作品という稲田さんは「寺院に咲く桜をちりばめた。多くの人に見てもらい、肥後象嵌に興味を持ってほしい」と語る。今年6月に引き渡す予定だ。

金づちでたがねをたたいて、1ミリ四方に20本近くの刻みを入れる

肥後象嵌は2003年に国の伝統的工芸品に指定され、現在は十数人が作っている。昭和40年代には観光ブームで生産が追いつかないくらい売れていたが、今は肥後象嵌の仕事だけで生計を立てるのは難しいという。26歳で独立した稲田さんも34歳までアルバイトを掛け持ちしていた。

稲田さんはSNSで作品を発信し、国内外から注文を受け、ベルトのバックルや鐔の形をしたピンバッジ、ブローチなども完全オーダー制で手がけている。「用途を増やすなど新たな価値を提案し、若い世代にも手にとってもらえる作品を作りたい」

(西部文化部 井上裕介、写真も)

(2023年1月25日付 読売新聞朝刊より)

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