花びらや炎をかたどった鉄地の溝に、小型の金づちを用いて金線を打ち込んでいく。約400年の歴史を誇る熊本の伝統工芸「肥後
象嵌とは下絵を描いた鉄地にたがねで刻み目を付け、金や銀の板や線を打ち込む技法だ。肥後象嵌はこれを熊本藩の鉄砲鍛冶が銃身や刀の
「新しいことに挑戦して付加価値を創造したい」と制作に励む稲田さん。肥後象嵌の模様は花鳥風月など「静」のモチーフが多い中、竜や虎など「動」の世界を表現してきた。鉄地をヤスリで削って竜などのモチーフそのものの形にして、象嵌を施すことで立体的かつ躍動感のある作品に仕上げる。
今回の冠は台湾で体験教室を開いたことがきっかけで、4年前に寺院から注文を受けた。燃え上がる炎や、花びらの輪郭など細部にこだわり、制作には1年近く費やした。この冠が自身最大の作品という稲田さんは「寺院に咲く桜をちりばめた。多くの人に見てもらい、肥後象嵌に興味を持ってほしい」と語る。今年6月に引き渡す予定だ。
肥後象嵌は2003年に国の伝統的工芸品に指定され、現在は十数人が作っている。昭和40年代には観光ブームで生産が追いつかないくらい売れていたが、今は肥後象嵌の仕事だけで生計を立てるのは難しいという。26歳で独立した稲田さんも34歳までアルバイトを掛け持ちしていた。
稲田さんはSNSで作品を発信し、国内外から注文を受け、ベルトのバックルや鐔の形をしたピンバッジ、ブローチなども完全オーダー制で手がけている。「用途を増やすなど新たな価値を提案し、若い世代にも手にとってもらえる作品を作りたい」
(西部文化部 井上裕介、写真も)
(2023年1月25日付 読売新聞朝刊より)
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