文化遺産の保存・継承に大きく貢献した個人や団体をたたえる「第16回読売あをによし賞」の受賞者が決まった。今年の応募数は43件で、本賞は、文化財修理に使われる「補修紙」を製作する江渕栄貫さん(74)(高知県土佐市)が選ばれた。奨励賞は、伝統的な手法で
手漉和紙の製作では、原料のコウゾやミツマタなどを薬品で煮込んで軟らかくし、ちりを一つひとつ手で取り除く。機械でたたいてほぐした原料と粘液を、ステンレス製容器「
紙の厚さや硬さ、原料の種類、処理方法は時代や文書によって異なる。特に書跡や絵画の本紙にできた穴などを繕う補修紙は一筋縄ではいかない。「本紙より軟らかく作らないと、補修箇所が縮れてしまう」と話す。各時代の紙に合わせるため、深い知識と臨機応変さが欠かせない。
大事にするのは、しなやかさや強さといった「紙の表情」だ。「出来を決めるのは原料処理。地味な作業の繰り返しでも絶対に手は抜けない」
最近は、紙すきのために高知にUターン移住した吉田裕子さん(44)と二人三脚で励む。「安心して任せられる後継者」として信頼を寄せ、伝統の技を惜しみなく伝えている。
ふすまの
1809年に創業した「錺屋」の八代目で、京都府宇治市に工房を構える。中学生の頃から先代の父のそばで作業を手伝い、大学時代から技術を教わった。「金具はぜいたく品。江戸時代頃から多くの職人が技を競い合い、誰もが憧れるものを作っていた」とその歴史を振り返る。
特に引手には「彫金や鍛金、着色といったあらゆる技術が詰まっている」と胸を張る。京都御所や二条城、西本願寺で手がけ、ふすまや板戸の美しさを引き立てた。京都・祇園祭の
障壁画や書画の修理に必要な技術を守り伝える「伝統技術伝承者協会」(京都市)の理事長も務める。「製作工程や材料の性質が分かっていないと修理ができない。次世代に技術をつないでいきたい」
江戸時代中期から現在の富山県南砺市で受け継がれてきた井波彫刻は、繊細さとダイナミックな立体感で知られる。組合理事長の花嶋弘一さん(61)は「受賞を伝統技法を伝えていく励みにしたい」と喜ぶ。
同市の瑞泉寺の再建時に、地元の大工が京都の彫刻師から教えを受けたのが始まりとされる。1947年の組合設立に合わせて養成所で職人を育て、最盛期の60~70年代には約300人が全国各地で腕を競った。寺社の彫刻のほか、住宅の欄間やついたての依頼も増えた。
その後は日本家屋の減少などで需要が低迷しているが、最近では
池坊専好・華道家元池坊次期家元「養成所で職人を育ててきた井波彫刻は、経験に基づく技能を伝える方法に示唆を与えてくれる」
園田直子・国立民族学博物館教授「幅広い職種を選ぶことができ、日本の文化が複層的に支えられていることを示す結果になった」
中西進・国際日本文化研究センター名誉教授「本賞の補修紙製作は、紙の貴重さを忘れた我々にその尊さを改めて感じさせる」
三輪嘉六・NPO法人文化財保存支援機構理事長「錺金具は日本の文化財の特徴。松田さんは繊細な技術を持ち、継承にも努めた」
湯山賢一・東大寺ミュージアム館長「江渕さんの和紙を作る技術は文献資料の保存修理には欠かせない。本賞で光を当てられた」
松尾徳彦・読売新聞大阪本社取締役編集局長「和紙、金工、建築というそれぞれの歴史で受け継がれてきた職人の技に感銘を受けた」
(2022年10月3日付 読売新聞朝刊より)
▽主催=読売新聞社
▽特別協力=一般社団法人文化財保存修復学会
▽後援=文化庁、大阪府教育委員会、独立行政法人国立文化財機構、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団、読売テレビ
※本賞は賞牌(しょうはい)と300万円、奨励賞100万円、特別賞は記念品を贈呈する。
0%