「歌舞伎とは、襲名に追善と見つけたり」
2006年に亡くなった松竹の永山武臣会長は、戦後の歌舞伎界を興行面でリードした人だった。その永山会長が、歌舞伎興行の根幹として挙げたのが「襲名」と「追善」だった。東京・東銀座の歌舞伎座で9月2日から27日まで行われる「九月大歌舞伎」の第一部は、「六世中村歌右衛門二十年祭」で「七世中村芝翫十年祭」。つまり、ふたつのメーンイベントの後者、「追善」なのである。
幹部俳優が勢ぞろいし、新たな大名跡の誕生を祝う襲名披露興行が歌舞伎興行の華であることは説明不要だろうが、なぜ追善興行がメーンイベントなのか。もちろん、名優を偲び、良き時代の歌舞伎に思いを馳せるという楽しみが観客にはある。「ただ、一門の役者にとっては、それだけではない、重大な意味もあるのです」というのは、六世歌右衛門の長男、中村梅玉さんだ。
「偉大な先人を一門だけで追善できるということは、今、現役であるわれわれが、歌舞伎界で責任のある立場にあるということです。あの世の父や芝翫のお兄さんに、『あなたの後継者たちは元気で一生懸命役者をやってますよ』ということを見せることでもあるのです」
六世歌右衛門(1917~2001)、七世芝翫(1928~2011)の屋号はともに「成駒屋」。現在の一門には、梅玉さんと弟の魁春さんのほか、七世芝翫の長男の中村福助さん、次男の当代芝翫さんらがいる。六世歌右衛門の芸養子には中村東蔵さんもいて、それぞれの息子や孫たちも歌舞伎を受け継いだ。七世芝翫は亡くなった十八世中村勘三郎と縁戚関係にあることから、その息子である中村勘九郎さんや七之助さんら「中村屋」一門とも関係が深い。梅玉さんの言葉通り、両名優の後継者たちは歌舞伎座の舞台で活躍中なのだ。
「父は女形、僕は立役なので、その芸を継承してお見せするわけにはいきませんが、弟の魁春は女形で父の舞台を毎日のように見て育ちました。兄弟で力を合わせて、ゆかりの演目をお見せして、父を知っているお客さんたちにありし日を思い起こしていただければ」と梅玉さんはいう。
「僕も行平役で父が演じた松風と共演しているのですが、芸にはとても厳しかった父が、この役については何もダメを出しませんでした」と振り返る。「ただ、当時の映像を見ると、『全然、できてないな』と僕自身が思います。公家らしい大らかな雰囲気が重要な役ですから、あまりあれこれ言わず、のびのびとやらせようとしたのかもしれません」
梅玉さんが出演するのは舞踊劇の『須磨の写絵 行平名残の巻』だ。『須磨の写絵』は「父が自分の勉強会『莟会』の第一回で上演した演目です」と梅玉さん。能の「松風」を基にした作品で、須磨の浦に流された公家の行平と海女の姉妹との悲恋を描いたものだ。
最後に演じて23年が経った今回の舞台、「当時に比べると、今の方が多少役のことも分かっている。あの世の父が『やっと本物になったね』と言ってくれるように演じたい」と意気込む。
「成駒屋」の屋号を名乗る俳優の中でも格別、別格の存在という意味で「大成駒」と呼ばれた六世歌右衛門。「普段から歌舞伎のことをずっと考えている人」(梅玉さん)で、常に理想の舞台を追い求める情熱を持ち、戦後の歌舞伎界に一時代を築いた。同時に、「動物が好きで、毎日の楽屋入りもぬいぐるみを抱えてしていた」お茶目な面もあったという。「父の芝居には品格がありました。僕自身も品格のある役者にならねば、と思います。コロナ禍で大変な時代ですが、ここを乗り越えて次代に魅力のある歌舞伎を残すことが、父の願いでもあるでしょう」と抱負を話した。
ところで、六世歌右衛門が亡くなったのは、2001年3月31日。東京の岡本町にあった大成駒の自宅庭の桜は今が盛り。花冷えのその日、雪がちらついた後、夜には月が煌々と庭を照らした。
「今でもその日のことは覚えていますよ」と梅玉さんはいう。「まるで芝居の一場面のような……。何というか父は、そういうところも含めて『上等な人』で『上等な人生』を送りましたね」
雪月花の夜、二十世紀を代表する名女形はその日に天寿を全うした。
(読売新聞事業局専門委員 田中聡)
もうひとり、追善の対象となる七世芝翫は、六世歌右衛門の甥。「義太夫狂言から舞踊、世話物まで何でもこなすテクニックが素晴らしかった」と梅玉さんは回想する。追善演目『お江戸みやげ』は五世目中村富十郎とのコンビが印象的だった人情喜劇だ。
そういえば、六世歌右衛門と七世芝翫の共通の趣味は麻雀だが、大成駒は神谷町(七世芝翫)とはめったに卓を囲まなかったという。「父はいつも大きい役を狙って手作りする『ロマン派』の麻雀。神谷町のお兄さんはとても場を見るのが上手で、『リアリスト』で『技巧派』の手作りをする。卓上では『ロマン派』は『リアリスト』になかなか勝てなかったですから」と梅玉さんは笑う。
理想を追い続ける「ロマン派」と現実を見つめる「技巧派」。雀風の違いは芸風の違いを表しているのかもしれない。
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