
三井寺とは
飛鳥時代、壬申の乱で敗れた大友皇子の子与多王が「田園城邑」、みずからの領地を寄進して一寺を創建し、天武天皇から「園城」の勅額を賜わったことに由来し、園城寺と号します。一方で、境内に湧出する清水が、天智天皇、天武天皇、持統天皇の産湯に用いられた伝承により「御井」の寺とも呼ばれ、三帝にちなむことから転じて「三井寺」の名でも親しまれてきました。平安時代に智証大師円珍が入寺してからは天台寺院として発展し、たびかさなる戦乱を乗り越えてきたことから「不死鳥の寺」とも称されます。
三井寺 金堂
みどころ
① 三井寺とその礎を築いた名僧 円珍を紹介する、およそ20年ぶりの展覧会!
② 現存最古のパスポート(過所)をはじめとした貴重な円珍文書を公開!
③ 狩野永徳の長男、光信の傑作「勧学院客殿障壁画」を再現展示!
④ めったにお目にかかれない三井寺の秘仏が集結!
第1章
智証大師円珍
智証大師円珍(814~891)は、讃岐国(現香川県)生まれ。比叡山で修行し、入唐求法の旅を経て、天台宗の発展に尽くしました。その旅で円珍が得た経典、渡航に際して発給された公文書、そして自筆の文書など、奇跡的に現存する円珍ゆかりの文書群は、9世紀の日本・中国の歴史文化を鮮明に伝えています。本展では、ユネスコ「世界の記憶」に登録されたこれら円珍文書の世界を一挙公開します。円珍が請来した天台密教や、その生涯にまつわる信仰とあわせてご覧ください。
[第1節]円珍文書でたどる生涯
国宝 過所のうち 越州都督府過所
唐時代・大中9年(855) 滋賀・三井寺蔵 【前期】
国宝 円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書(部分)
小野道風筆 平安時代・延長5年(927) 東京国立博物館蔵 【通期】
[第2節]円珍の伝えた仏法
重要文化財 不動明王坐像
盛忠作 平安時代・長和3年(1014) 滋賀・三井寺蔵 【通期】
重要文化財 訶梨帝母倚像
鎌倉時代・13世紀 滋賀・三井寺蔵 【通期】
第2章
三井寺の歩み
飛鳥時代、当地の豪族によって琵琶湖に臨む地に建立され、天智天皇による大津宮遷都とあわせて発展した三井寺。平安時代に円珍が入寺して以降は天台宗の別院となりました。その没後、正暦4年(993)に三井寺を本拠と定めた円珍派は、天台寺門宗として独立して今日まで法灯を保っています。本章では、寺内に伝えられた仏像や仏画、法具に加えて、源氏以来の篤い信仰を寄せた足利氏ゆかりの品々から、三井寺の歩みをたどります。
重要文化財 十一面観音菩薩立像
平安時代・9世紀 滋賀・三井寺蔵 【通期】
第3章
障壁画の優美なる世界
三井寺の学問所として知られる勧学院客殿の障壁画は、豪壮華麗な桃山絵画を生み出した狩野永徳の長男、狩野光信(1565~1608)の代表作として知られています。また、光浄院には光信と同じ頃の狩野派絵師、法明院には江戸時代に活躍した円山応挙や池大雅、鶴沢派の絵師たちが描いた障壁画が伝えられています。本章では、勧学院客殿障壁画の再現展示によって、その優美なる世界を体感いただきながら、三井寺の子院を彩った絵師の競演をお楽しみください。
[第1節]勧学院客殿障壁画
重要文化財 勧学院客殿障壁画 四季花木図(部分)
狩野光信筆 安土桃山時代・慶長5年(1600) 滋賀・三井寺蔵 【通期】 ※このうち「梅、檜および花卉図」4面のみ5月11日~6月13日
重要文化財 勧学院客殿障壁画 花鳥図(部分)
狩野光信筆 安土桃山時代・慶長5年(1600) 滋賀・三井寺蔵 【通期】
[第2節]光浄院客殿障壁画
重要文化財 光浄院客殿障壁画 花鳥図(部分)
安土桃山時代・慶長6年(1601) 滋賀・三井寺蔵 【通期】
[第3節]法明院障壁画
法明院障壁画 山水図
円山応挙筆 江戸時代・18世紀 滋賀・三井寺蔵 【前期】
第4章
秘仏集結
三井寺では、固く扉を閉ざし、普段は公開されない秘仏が人々の信仰を集めてきました。円珍が修行中に目にした金色の不動明王である黄不動尊、唐からの帰国中に現われた新羅明神、幼少から加護を得た護法善神といった、円珍の生涯にまつわる秘仏。さらに、円珍その人の最古の肖像や、円珍が唐から請来した秘宝である五部心観から、西国三十三所霊場の札所本尊である如意輪観音に至るまで、三井寺を代表する秘仏が一堂に集結します。

