「横尾忠則 寒山百得」展

展覧会のみどころ

横尾忠則畢生のシリーズ「寒山拾得」は、まさに画家の自由な精神活動の中で描き出されました。テーマとなった寒山拾得がさまざまに形を変えながら、時空をも超越していきます。寒山拾得が身にまとうものや、手にするもの、そして彼らの振る舞いが、画家の精神のめくるめく冒険のなかで、一日一日、広大な宇宙を逍遥していきます。時には歴史的な人物と重なり、さらには現世を生きる人々にも邂逅しています。


このシリーズでは、制作当初から最終作まで、いくつかのモティーフが一連のフェーズを作り出し、その対象を変えながら、寒山拾得を彩っています。横尾は特定のメッセージを示すことを目的とせず、自らの精神に身を委ねながら、湧き出る形象をキャンバスに定着させていったのです。つまり横尾の描いた寒山拾得を前にした人々は、彼らをみて如何なる想いが心に浮かんだとしても、それすらも自由であるのです。


寒山拾得という存在そのものの変容のみならず、画風さえも百花繚乱のごとく様相を変えています。その変化のありさまを一気に目にした人々は、あたかも画家の絵筆のうねりと重なりながら、一切の束縛がない世界を体感することになるでしょう。

「寒山拾得」とは?

寒山と拾得は中国、唐時代に生きた伝説的な詩僧で、世俗を超越した奇行ぶりは「風狂」ととらえられました。中国禅宗では、悟りの境地として「風狂」が重要視されましたが、寒山拾得の脱俗の境地は、仏教に通じるものとして、中国や日本で伝統的な画題として数多く描かれてきました。 


その世俗にとらわれない暮らしぶりは、森鷗外や夏目漱石といった日本の近代文学にも取り上げられています。高い教養を持つ文人であるにも関わらず、洞窟の中に住み、時には残飯で腹を満たすと言った脱俗的な振る舞いは、世俗世界の現実からの逃避に憧れを抱いた知識人たちを魅了したのでしょう。

企画趣旨

「横尾忠則 寒山百得」展は、現代美術家・横尾忠則の畢生の大シリーズ「寒山拾得」を一挙に公開する展覧会です。寒山拾得は、中国・元時代から日本の中近世、近代そして、現代にまで数百年の時代を通し、多くの人々を惹きつけてきました。横尾は寒山拾得を独自に解釈し、さまざまな造形を生み出すことで、新たな寒山拾得像を切り拓いています。横尾はまさに絵画史の先端に位置し、寒山拾得を描いているのです。


さまざまな困難な状況に囲まれた現代社会の私たちを取り巻く世界と、そのなかで生きる術と思いを、「寒山拾得」が照らし出す精神のあり様を通して、見つめなおす機会となれば幸いです。