2021.7.8

【京の国宝 知られざる物語 vol.2】藤原定家の日記「明月記」~嘆き喜び、感情豊かに

京都ゆかりの国宝、皇室の至宝の数々を出品する特別展「みやこの国宝―守り伝える日本のたから―」が、7月24日から京都国立博物館で始まります。「明月記」を伝えた冷泉れいぜい家、「御堂みどう関白記」を守った近衛家、そして多くの寺社が、相次ぐ戦火、天災など歴史の波をくぐり抜け貴重な文化財を守り伝えてきました。京都人の歴史を伝える矜持きょうじとその意識を育んだ京都の地を紹介します。

冷泉家時雨亭文庫蔵 「明月記」 藤原定家の日記

国宝 明月記(自筆本 正治二年正月二月記 冷泉家時雨亭文庫蔵)7/24~8/22展示 8/24~9/12は別の巻を展示

藤原定家(1162~1241年)の日記「明月記」は、この時代には珍しく「徹底して私の視点で書かれた、いってみれば極私日記であった」と、「藤原定家『明月記』の世界」(岩波新書)の著者、村井康彦・国際日本文化研究センター名誉教授は解説する。

通常、宮廷社会に生きた人々の日記は、政務や儀式の詳細を子孫や、後の貴族社会に伝えるためのメモ。

ところが定家は、自ら望んだ役職に就けないとわかると「生涯の本望を失い悲涙を拭う」と嘆き、かわいい息子の活躍を聞くと「天の音楽を聞くが如し」と大喜びするなど、自らの感情を率直に書き残した。

周囲を同志社大学の校舎に囲まれた冷泉家。左下が御文庫。奥が京都御苑で、近衛家の邸宅があった場所

紅旗こうき征戎せいじゅう吾が事にあらず」、すなわち戦争は自分に無関係と言い切る。歌人として引き立ててくれた後鳥羽上皇が鎌倉幕府軍と戦った承久の乱(1221年)に敗れ、島流しになっても、定家は古典の書写に没頭していた。おかげで「伊勢物語」や「古今和歌集」などの定家筆古写本が冷泉家に伝わったのだと村井さんは指摘する。

定家の人柄は「よくいえば芸術家肌だが、ジコチュー(自己中心的)」だと村井さん。現当主、為人さんは「京都人やなあと思いますよ」と苦笑いする。

(2021年7月4日読売新聞より掲載)

「京の国宝」展覧会公式サイトはこちら

特別展「京(みやこ)の国宝―守り伝える日本のたから―」

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