2022.1.5

【大人の教養・日本美術の時間】わたしの偏愛美術手帳 vol. 21-下 小林忠さん(岡田美術館館長)

伊藤若冲「花卉雄鶏図」「孔雀鳳凰図」

岡田美術館(神奈川県箱根町)の小林忠館長へのインタビュー。今回は、日本美術に魅了された青春時代の思い出、江戸絵画ブームを先導されてきた数々の経験、そして、箱根の美の殿堂である岡田美術館の魅力をうかがいました。

岡田美術館の外観(同館提供)
江戸文化に親しんで

-もともと美術はお好きでしたか?

私は大塚(東京都豊島区)のおすし屋の息子で、美術にはまったく縁がなく、母が大好きだった歌舞伎や落語によく連れて行ってもらっていました。特に、歌舞伎では中村歌右衛門さん、落語では古今亭志ん生さんと柳家小さんさんが好きでしたね。

-江戸絵画との出会いの前に、そうした江戸文化が体に染み込んでいたのですね。

青春時代は大学演劇がすごく盛んで、高校の頃から演劇部に入り、進学した東京大学でも演劇研究会に入って、一時は映画監督にも憧れました。また、英語やフランス語にかぶれて、今はまったくなのですが、当時は寝転がって、辞書なしでサルトルやカミュを読んだりして。東大は3年生から専攻に分かれるため、フランスの劇文学でも学ぼうかなと思っていました。

美術への目が開いたのは、劇研の先輩たちが美術展に連れて行ってくれたおかげです。なかでもブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館、東京都中央区)の印象派のコレクションは、青年だった私の感性にとてもフィットしました。それで西洋美術史に進もうかとも考えたのですが、大学3年生の時に、桃山時代の絵画がご専門の山根有三先生が、普段なさらない江戸時代の絵画についての情熱的でわかりやすい講義をしてくださって。それで、印象派の画家も浮世絵に影響を受けたということもあり、浮世絵をやろうかなと。こうして、フランス演劇、フランス絵画から浮世絵へと、進む道がぐるっとターンしたのです。

春信に引かれて

目標が定まってからの大学生活後半は、それまでとは打って変わって真面目になりました(笑)。その頃、日本橋(東京都中央区)あたりの銀行のロビーでやっていた浮世絵の展覧会にふと立ち寄って、鈴木春信の作品が特に心に響き、春信を研究することにしました。

―春信の魅力をお聞かせください。

浮世絵には、人々の生活や文学に取材したストーリーが表現されていますが、特に春信は、描かれた男女や親子のストーリーを読み取るのが楽しくて。ストーリーを追うことで心の変化を経験する点では、演劇と似ています。20代初めで恋や愛に憧れていた私には、「雪中相合傘あいあいがさ」などはたまらなかったですね。男女がひとつの傘をさして、おそらく心中しに行く場面なのですが、降り積もっている雪の重みが心の重みを感じさせる、甘さのなかに怖さもある作品です。

春信は、今のJR神田駅(東京都千代田区)そばの神田白壁町の町人でした。江戸の中心、神田の町人といえば、私のような東京生まれの者にとっては憧れです。作風も粋ですよね。しかも、すごく教養の深い人だったと思います。

春信を支えたパトロンに、大久保甚四郎じんしろう(俳号は巨川きょせん)という将軍直参の旗本がいました。当時、「絵暦えごよみ」と呼ばれる版画のカレンダーが巨川ら趣味人の間で流行し、巨川が春信に絵暦の作画を依頼したことで、春信の色彩センスが花開き、一躍、人気絵師になったのです。私の学生時代は、カフカの「変身」という小説などが流行はやっていたので、「私もいつかは春信のように、サナギからチョウになりたい」と憧れましたね。ちなみに、甚四郎の下屋敷は今の学習院大学(東京都豊島区)のすぐそばにあり、春信も訪れていたと思います。のちに学習院大学に勤めることになったとき、この奇遇に驚きました。

東大の恩師である山根有三先生の一番弟子で、私の九つほど先輩に、辻惟雄のぶお先生がおられます。江戸絵画の魅力を探った「奇想の系譜」(1970年)という名著で知られ、私は辻さんから江戸絵画について多くを学びました。辻さんが「奇想の系譜」に掲載した作品を改めて見て回った際にも、連れて行ってくださって。また、私の二つ下の河野元昭さん(現・静嘉堂文庫美術館館長)も加えた「山根門下の男の三羽ガラス」で、よく地方まで美術品を見に行きました。

大学院の修士論文は、個人の思いを直接筆で表す文人画の、池大雅いけのたいがを取り上げました。桃山時代以前は、狩野家や土佐家などの名門に生まれた画家が多いですが、江戸時代半ばの京都では、大雅のほか、円山応挙まるやまおうきょ、伊藤若冲じゃくちゅう曾我蕭白そがしょうはくなどの在野の画家が活躍し、画壇が沸騰しました。大雅を研究するなかで、おのずとそうした画家たちのことも学びました。彼らは「表現したい」「描きたくてしょうがない」という人たちだったと思います。活躍の背景には、狩野派のアカデミズムという高い壁がありました。頑固親父おやじに抵抗して強くなる息子のように、保守的な狩野派に対して、彼ら民間の画家が革新を起こしたわけです。

1968年に大学院の修士課程を終えたあとは、東京国立博物館(東京都台東区)に勤め、江戸時代の絵画の陳列をほぼ任されました。学芸員の役割は、ただ作品を並べるのではなく、ストーリーのある演劇的な展開を作ることです。それが楽しかったですね。

岡田美術館の展示室(同館提供)
若冲を世に紹介

-若冲を紹介する催しとしては、先駆けになったと言える展覧会を開催されましたね。

若冲の特別展観(1971年、東京国立博物館)です。辻さんにも、若冲が世に広まる機会になればと、背中を押していただきました。また、若冲の価値をアメリカ人で最初に認めたコレクター、ジョー・プライスさんと、その奥様で日本人のエツコさんを紹介してくださって、4人で中華料理を囲みながら、「若冲展をやろう」と謀議しました(笑)。プライスさんは、「私の所蔵品は全て無償とし、保険も輸送費も全部私が持つから、ぜひやってほしい」と協力してくださって。展覧会の予算はわずか100万円、今の貨幣価値にすると1000万円ほどで、薄いカタログを1000部しか刷れなかったのですが、プライスさんが300部も買ってくださいました。それほど、辻さんとプライスさんが協力してくださったのです。

当時は、江戸絵画の展覧会にはほとんど人が入らず、若冲という文字を見て「ワカオキって何ですか」と電話の問い合わせがあったほどでした。それが2016年の「生誕300年記念 若冲展」(東京都美術館)では、近くの国立西洋美術館まで入場待ちの行列ができたのですから、当時はとても考えられなかったことです。

学習院大学で教えるようになってからは、学生たちを連れて、プライスさんのコレクションを見にアメリカにも何度か行きました。プライスさんは総工費の半額を寄付してロサンゼルス郡立美術館の日本館を建て、ご自分の最初の江戸絵画コレクションを死後に寄贈する約束で寄託されています。学生のためにアパートを借りて、食事を朝・昼・晩と用意してくださるという、涙が出るほどのおもてなしをしてくださって。本当に純粋な方で、「特別展覧会 没後200年 若冲」(京都国立博物館、2000年)など、日本で展覧会が開かれる際には、必ず作品を貸してくださいます。

―学習院大学で教えるかたわら、1999年から千葉市美術館(千葉市中央区)の館長も務められましたね。

私の推薦で辻さんが初代館長を務められた経緯があり、辻さんが多摩美術大学学長になられたときに、「お前が2代目を継げ」と言われたのです。学習院の文学部長に相談したら、「ああ、どうぞ」と寛容で、届けも不要で(笑)。

千葉市美術館は、江戸絵画と浮世絵のコレクションが充実しています。私の提案で、「東洋のゴッホ」といわれる浦上玉堂うらがみぎょくどうや、千葉にも一時期住んで、のちに奄美大島で活躍した田中一村たなかいっそんなど、それほど知名度が高くなかった画家の展覧会も、優秀な学芸員たちが実現して、盛り上げてくれました。

大学は、若い柔軟な学生たちに教えられますし、美術館は、社会人の文化享受を応援する場所です。何の束縛もなく、その両方ができて本当に幸せでしたね。

トップクラスの作品がずらり

余生は縁側で猫でも抱いて過ごそうと楽しみにしていたのですが、学習院を離れる1年前に、岡田美術館の館長に誘われました。そのとき、所蔵品のリストを見せていただいて驚きました。私が過去に一流の美術商のところで見た素晴らしい作品がたくさん入っていたのです。

-展示室が1階から5階まであり、驚くほど質の高い作品が並んでいますね。

一流の美術商というのは、手放す気はあまりないトップクラスの作品を持っているものなのですが、相当お金をかけて、そういうものを譲っていただいて集めたのだと思います。

なかでも、葛飾北斎「夏の朝」(2022年3月6日~7月10日に展示)は、私の知り合いのアメリカ人コレクターが高い値段を提示しても譲ってもらえなかった作品なので、当館に入っていたことにとても驚きました。尾形乾山おがたけんざんの「色絵竜田川文透彫反鉢いろえたつたがわもんすかしぼりそりばち」(基本的に通年展示)も一流の美術商にあったもので、当館に入ってすぐに重要文化財に指定されました。素晴らしい作品であっても、美術商にある間は指定されないものです。国が価値を付加することで値がつり上がることがないようにするためです。

来館者から時々、「あまりに状態のいい作品ばかりなので、複製なのでは」といわれるのですが(笑)、多少問題があれば、修復しています。特に、浮世絵史上最大の掛け軸画、喜多川歌麿の「深川の雪」(2022年7月16日~10月3日に展示)は長年、所在不明で表具がぼろぼろだったため、1年かけて修復しました。

-箱根という立地も特別ですね。

お茶の世界では、お茶室に入る前に露地で心を静めますが、当館に着くまでの時間もそれと同じで、都会のちりが飛んでいき、美術を鑑賞するのに非常に良い準備ができると思います。

呼びかけてきた作品を見る

芸術作品を写真や映像で見るのもいいですが、やはり本物を前にすると、大きさや質感も感じられますし、作家の思いがより熱く響いてきます。当館には常時450点ほど展示しているため、全てを真剣に見ると疲れますので、展示室をゆったり歩いていただきたいですね。民芸運動で知られる柳宗悦やなぎむねよし先生は「ものが『私を持ってください』と呼びかけてくるので、それを買っていく」とおっしゃったそうですが、それと同じで、本当に自分が感動できる作品というのは、作品のほうから呼びかけてくれます。呼びかけられたら、全体から部分まで丁寧に見てもらえたらと思います。

-美術鑑賞には知識がなくては、と思っている方が少なくないと思われるので、それはすてきなアドバイスですね。

作品解説をすべて読んで、情報を頭に入れすぎると、逆にあまり残りません。ですから、美の散歩を楽しんで、本当に心躍るような作品に出会って、その体験を持ち帰っていただきたいですね。

◇ ◇ ◇

小林忠・岡田美術館館長(鮫島圭代筆)

岡田美術館には、美しい箱根の自然が楽しめる庭、その庭を眺めながらくつろげる昭和初期の日本家屋を改装した飲食施設、そして人気の足湯カフェもあり、一日中楽しむことができます。温泉宿に1泊して訪れるのもいいですね。岡田館長おすすめの若冲の絵に出会いに、ぜひ、お出かけください。

【小林忠(こばやし・ただし)】1941年、東京都生まれ。68年、東京大学大学院修士課程修了。東京国立博物館絵画室員、名古屋大学文学部助教授、東京国立博物館情報調査研究室長、学習院大学文学部教授・同名誉教授、千葉市美術館館長、国際浮世絵学会会長、「國華こっか」主幹などを歴任。2013年から岡田美術館館長。「浮世絵ギャラリー 北斎の美人」「浮世絵ギャラリー 歌麿の美人」「教えてコバチュウ先生! 浮世絵超入門」「教えてコバチュウ先生! 琳派超入門」「光琳、富士を描く! 幻の名作『富士三壺図屏風』のすべて」(いずれも小学館)などの著書がある。

岡田美術館で2022年に開かれる展覧会「花鳥風月 名画で見る日本の四季 琳派・浮世絵から御舟・一村まで 」のチラシ。伊藤若冲の「孔雀鳳凰図くじゃくほうおうず」も展示される予定だ(前期のみ)
鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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