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2020.1.9

【大人の教養・日本美術の時間】能にまつわる名品の楽しみ方 vol.1能面

「般若、小面、翁」(鮫島圭代筆)

今からおよそ700年前に生まれた日本を代表する伝統芸能、「能」。その特徴は、なんといっても仮面を使うことです。

能面で表す「深い情念」

能で使う仮面は、「能面」あるいは「おもて」と呼ばれます。古代、仏教の儀式の一環として、音楽や劇で使われる仮面が大陸から日本へと伝わり、以来、独自の進化をとげたとされています。

彫刻としても非常に洗練されており、世界各地の仮面のなかでも特に完成された美しさを持つといわれます。能の舞台を見たことがなくても、能面に神秘的な魅力を感じるかたは多いでしょう。

現代演劇では通常、喜怒哀楽の感情があからさまに表現されますね。一方、能では悲しみやうらみなどの深い情念が抑制された形で表現されます。そして能面には、そうした能の本質、いわば「包み隠す美しさ」が凝縮されているのです。こうした美意識は、能が生まれた中世という時代の「みやびの精神」そのものといえるでしょう。

無表情な顔を「能面のような表情」というように、能面は一見、無表情ですよね。でもその実、能役者が面をつけて演じるとさまざまな表情に見えてきます。

能面をつけて上を向くことを「テル」といい、下を向くことを「クモル」と呼びますが、無表情なはずの能面が上を向くと明るい表情、下を向くと悲しい表情に見えます。わずかな動きで様々な感情が表現できるのですね。

能面をつける動作は「かぶる」とは言わず、「つける」といいます。たいてい人の顔より少し小さいため、あご先や頬の一部は隠れません。そして能面の瞳の部分は穴が貫通しており、能役者はこの小さな穴から前を見ることができます。

能は仮面劇であるとはいえ、役者全員が面をつけるわけではありません。シテ(主人公)はたいていつけますが、ワキはつけないのです。そして、シテであっても、男性の役はつけないことが多いです。

能面をつけていないことを「直面ひためん」といいます。能役者は直面であっても面をつけている気持ちで演じるべきものとされ、他の演劇のように極端に表情を動かしたりはしません。

能面の種類

能面の種類は、江戸時代初めまでに基本となる60種の型が完成し、今では200種ほどにのぼります。そして、おおまかに次の6種類に分けられます。

神が老人の姿で現れる「おきな面」、年老いた男性の「じょう面」、可憐かれんな少女や恋に狂う女性、山姥やまんばなどの「女面」、童子や貴公子、勇壮な武者などの「男面」、角が生えた般若はんにゃなど恐ろしい形相の「鬼面」、そして、不動や天神などの「仏面」です。

一般的に、ひとつの能面がひとつの演目専用というわけではなく、複数の異なる演目で使われます。

能面はどうやって作られる?

能面を作ることを「面打ち」といいます。

能面師(面打ち師)は、ミリ単位で形や彩色を工夫しながら面を打ちます。「心に心配事があると、それが面の仕上がりに表れてしまう」というほど、非常に繊細な芸術です。

そして優れた能面ほど、能役者のわずかな動きで大きく表情を変えるそうです。

なかでも女面を打つのは、特に難しいといわれます。というのも、目にも口にも際立った特徴がないのです。とらえどころのない表情の中に、喜びと悲しみ、怒りと絶望などの相反する感情を刻む、究極の造形なのですね。

多種多様な女面の中でも一番年が若いのは16、7歳の可愛かわいらしい少女を表した「小面こおもて」です。かすかにほほえんでおり、モナ・リザを想わせるような謎めいた美しさをたたえています。

ここで「小面」の制作工程の一例をご紹介しましょう。

能面の材料は一般にヒノキ材です。削りやすく変形しにくく、香り高いため、能面に適しているのです。

まず、なたをふるっておおまかな形を切り出し、のみで輪郭を削り出します。

そして、さまざまな彫刻刀を使い分けながら細部を彫ります。能面の裏側もくりぬき、目鼻口と紐を通す穴を開けます。

顔のパーツのなかでも目は、表情の変化を生み出す鍵といわれます。上まぶたが下まぶたより少し前に出るように作ることで、能役者がうつむいたときに視線が下を向き、少し仰向あおむけるとほほえんでいるように見えます。

「小面」では、瞳の穴を丸ではなく四角く開けます。こうすると黒目がちな澄んだ目に見え、若く美しい女性の顔になるそうです。こうした細かな工夫によって、一見、無表情ななかにあらゆる表情を内包することができるのですね。

面の形が完成したら、白い貝殻を細かく砕いた胡粉ごふんを、動物の皮などから抽出した接着剤であるにかわで溶いて、表面全体に塗ります。塗っては乾かす作業を繰り返し、美しい下地を作ります。

続いて色をつけます。薄い色の顔料を何度も塗り重ね、ほんのりとした肌色を出します。そして細い筆を使って、墨で髪や眉毛を描き、唇に朱を差します。

最後に古色をつけます。美しく仕上げた面をわざと汚して趣きを出すのです。

ところで能面の裏側も気になりませんか? 黒く塗られていることが多く、面を作った人の名前などが書き込まれていることもあります。

見て、作って…そしてぜひ舞台鑑賞を

ここまで読んで、面打ちにチャレンジしてみたくなったという方もいらっしゃるかもしれません。全国各地に面打ち教室があり、また、能面の写真集や手引書を頼りに独学で打っている趣味人も多いそうですよ。

一流の能面師は、古い面を集めて観察し、技法や美意識を学び取ります。

私たちもまずは美術館で、間近に鑑賞したいですよね。東京・虎ノ門の大倉集古館では、2020年1月26日(日)まで新春特集展示「能と吉祥 寿―Kotohogi―」が開催中です。新春にふわさしく、美しい能面や華やかな能装束との出会いをお楽しみください。

そしていうまでもなく、能面の真価は、役者がつけて舞台で演じてこそわかります。ぜひ能舞台へもお出かけください。 能楽堂によっては、能面を実際につけられる体験イベントを開いていることもあるそうです!

【新春特集展示 能と吉祥「寿―Kotohogi―」】

大倉集古館 2019年12月24日(火)~2020年1月26日(日)

公式サイトはこちら

大倉集古館ホームページ

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.12.24〜2020.1.26

会場

大倉集古館
東京都港区虎ノ門2-10-3

料金

一般、大学生、高校生 500円

休館日

毎週月曜日(祝日は開館し、翌平日は休館)
12/28~31、1/1、1/6、1/14、1/20は休館

開館時間

10:00~17:00(入館は16:30まで)

お問い合わせ

TEL:03-5575-5711(代表)

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