日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2019.12.19

【大人の教養・日本美術の時間】休日の過ごし方 in 江戸―浮世絵に描かれた娯楽

「役者絵、相撲絵」(鮫島圭代筆)

「宵越しの金は持たねぇ」とうそぶいて、よく働き、よく遊んだ江戸庶民。歌舞伎を見に行ったり、お花見をしたりと、楽しそうな様子が浮世絵に描かれました。浮世絵をもっと深く味わうために、今回のコラムでは江戸っ子たちの娯楽をご紹介します。

外食

江戸には全国から、労働者や単身赴任で江戸詰めの武士が集まったので、人口の男女比は、男性のほうが圧倒的に多かったそうです。外食産業が発展し、仕事帰りにちょいと一杯ひっかけるのは、今と変わらない楽しみ。寿司すしや天ぷら、蕎麦そばなどを飲み食いできる屋台から座敷のお店までが立ち並ぶ江戸の街で、一番のにぎわいは五街道の起点だった日本橋のあたりでした。

今でいう喫茶店は「水茶屋」と呼ばれ、人々はほっと一息、お茶と団子を楽しんだり、煙草たばこを吸ったりしました。その店で働く看板娘を目当てに訪れる男たちはチップをはずみ、評判の美人は浮世絵に描かれてますます有名になりました。いわば会いに行けるアイドルです。

遊郭

夕方になると、江戸で唯一、幕府公認の遊郭だった吉原よしわらの営業が始まります。

吉原は町全体が堀で囲まれており、出入り口は大門のみ。目抜き通りの両側に茶屋が立ち並び、数百軒の妓楼ぎろうに数千人の遊女が暮らしていました。

一方、庶民には高根の花だった吉原よりも手軽に出掛けられる遊里として、品川や深川(現在の東京都江東区)などには、幕府非公認の「岡場所」がありました。

あでやかな衣装をまとう美しい遊女たちの姿が、数々の美人画に描かれました。

歌舞伎

江戸時代、歌舞伎や人形浄瑠璃などの芝居が大成され、とりわけ歌舞伎は江戸っ子に大人気でした。

その始まりは京都で、出雲大社の巫女みこと名乗る阿国おくにの興行と伝わっています。派手な格好で奇抜な行動をする「傾奇者かぶきもの」と呼ばれた男たちの風俗をまねたので、「かぶきおどり」と名付けられました。

江戸では、武勇伝などを演じる「荒事あらごと」が特に人気で、顔に隈取くまどりをほどこした役者が、首を大きく回すなどして見得みえを切り、ファンを熱狂させました。

芝居は早朝から夕方まで行われ、客はお茶や弁当を味わいながら一日じゅう楽しみました。入場料に加え飲食代やチップもかかるぜいたくな娯楽でしたが、日常から切り離された夢の世界に浸ったのです。人々はカッコいい役者絵を買い求め、役者たちの髪形や衣装が流行を生み出しました。

落語

手頃な木戸銭きどせんで楽しめる寄席では、落語家が、人情話や怪談話で聴衆を沸かせ、講談や影絵、手品なども披露されました。

見世物

盛り場に設けられた見世物みせもの小屋の演目は、軽業や手品、珍しい外国の動物、ろくろ首にのぞきからくりなど、バラエティー豊か。特にラクダやゾウが披露されたときには、大騒ぎになったといいます。大道芸人が道端で曲芸を披露し、人々が投げ銭をしたのも今と変わりません。

相撲

相撲の歴史は平安時代の朝廷でも行われていたという記録が残るほど古く、のちに、お寺や神社の建立や修復の資金を集めるための勧進相撲が広まります。

江戸時代後期には春秋2回の「本場所」が、江戸・両国の回向院えこういん(東京都墨田区)で開催されました。本場所を見られるのは男性だけでしたが、太鼓の音に誘われて境内に詰めかけ、周辺の茶屋や露店も大賑わい。相撲絵には人気力士の姿や、土俵上の取組の様子が描かれました。

江戸時代、参勤交代の大名行列の往来で街道が整備され、名所図会や道中記などガイドブックの充実も手伝って、多くの庶民が旅を楽しむようになりました。もちろん北斎や広重による浮世絵の風景画も、人々の旅情をそそりました。

庶民が旅に出るには大義名分が必要でしたが、伊勢神宮(三重県)や金刀比羅宮(香川県)など寺社への参詣、富士山に登ってご来光を拝む富士詣でなどの山岳信仰、そして箱根(神奈川県)や草津(群馬県)など温泉での湯治は容認されていました。

なかでも伊勢参りは「一生に一度は行きたい」といわれ、大半の道のりをひたすら歩き、たまに馬や駕籠かご、船の力を借りて数十日かけて旅しました。

近場の旅では、川崎大師(川崎市)へお参りしたり、泊まりがけで江の島(神奈川県)の弁才天や箱根の温泉へ出かけたりしました。

名所風景を堪能し、茶屋で土地ごとの名物を味わい、お土産を買うなど、その楽しみ方は今と変わりません。

四季折々の行楽

現代の都会暮らしよりも自然が身近だった江戸庶民。季節ごとの行楽も楽しみでした。

梅の名所は、亀戸天神(東京都江東区)や清香庵せいこうあん(同)の梅屋敷、向島百花園(東京都墨田区)などがあり、なかでも梅屋敷は広重が浮世絵に描き、ゴッホがそれを模写したことでも知られます。

お花見のウキウキ気分も今と同じ。8代将軍・徳川吉宗が隅田川堤などに桜の植樹を命じて以降、庶民も桜を眺めながら飲食を楽しむようになったといいます。上野の寛永寺(東京都台東区)山内さんないでそぞろ歩きを楽しみ、隅田川沿いでは夜桜見物も。王子の飛鳥山(東京都北区)や品川の御殿山も人気スポットでした。

夏の風物詩といえば、今も昔も隅田川の納涼です。旧暦5月28日に花火をあげて川開きが行われ、隅田川は屋形船で埋まり、両国橋は人々であふれかえりました。その様子を浮世絵に見ることができます。また涼を求めて滝を見に出かけたり、夕暮れにほたる狩りを楽しんだりしました。

秋には、お月見、虫の音を楽しむ虫聞き、そして紅葉狩りなど、それぞれの名所に足を伸ばしました。

冬には「とりの市」に出かけて熊手などを買い求め、年末には各地に立つ歳の市が買い物客でごった返しました。

江戸の庶民は、こんなふうに休日を楽しんでいたのですね。

その様子を想像しながら浮世絵を眺めると、たくさんの発見ができるはず!  東京都江戸東京博物館では2020年1月19日(日)まで、「大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が開催中です。ぜひお見逃しなく!

【大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演】

東京都江戸東京博物館  2019年11月19日(火)〜2020年1月19日(日)

公式サイトはこちら

https://dai-ukiyoe.jp/

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.11.19〜2020.1.19

※会期中展示替えあり

会場

東京都江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1

料金

一般 1400円
大学生、専門学校生 1120円
小学生、中学生、高校生、65歳以上 700円

※「大浮世絵展」のみの鑑賞料金。常設展共通券は料金が異なります。

休館日

月曜日(2020年1月13日は開館)
年末年始(2019年12月28日~2020年1月1日)

開館時間

9:30~17:30 (土曜日は9:30~19:30)
入館は閉館の30分前まで

お問い合わせ

03-3626-9974(代表)
※電話でのお問い合わせは9:00〜17:00(休館日を除く)

Share

0%

関連記事