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2020.4.24

【大人の教養・日本美術の時間】表具のひみつ

表具師・掛け軸(鮫島圭代筆)

昨年、私が主催している水墨画教室で教室展を開きました。その際、参加者は各自、ワクワクしながら自分の作品を初めて軸装じくそうしました。軸装というのは、掛け軸に仕立てることで、「表具師ひょうぐし」と呼ばれる職人さんに依頼します。

表具の技術は、古代、中国や朝鮮半島から日本に伝わりました。

古くは、紙を染めていろいろな形に仕立てる仕事のことを「装潢そうこう」と呼んだそうです。時を経て戦国時代以降に「表具」「表装」という言葉が広まりました。これは、紙や絹にかいた作品を、巻物、掛け軸、衝立ついたてふすま屏風びょうぶなどに仕立てることで、やがて「装潢」も同じ意味で使われるようになりました。

このため表具師は、「装潢師」や「経師きょうじ」とも呼ばれます。

表具の基本、裏打ち

書や絵をかいた和紙や絹、つまり作品を「本紙ほんし」と呼びます。

本紙は薄くて破れやすいので、掛け軸や巻物などに仕立てる前に、背面に別の和紙を貼り合わせます。これを「裏打ち」といいます。

裏打ちをすると、厚く丈夫になり、しわがのびて、見栄えが良くなります。水墨画の場合は、墨が乾く前のみずみずしい墨色がよみがえるほど、色もくっきりとします。

裏打ちには、水刷毛みずばけ糊刷毛のりばけ撫刷毛なでばけと、用途ごとに異なる刷毛を使います。

私は表具師の工房を訪ねたことがありますが、さまざまな刷毛が並ぶ様子は壮観でした。

紙の作品を裏打ちする工程をご紹介しましょう。

まず、水刷毛に水を含ませて、作品全体に水を引きます。次に、湿らせた撫刷毛を使って、しわがつかないように撫で広げます。

一方、裏打ち紙には、糊刷毛を使ってムラのないように糊を塗っておきます。

そして、物差しのような長く平たい竹の棒に、裏打ち紙の端をそっとのせてすくい上げ、本紙の上に重ねます。糊でれた裏打ち紙を持ち上げて、端から慎重に本紙の上に下ろしていくという、集中力が問われる作業です。

最後に、水で濡らしておいた撫刷毛を使い、しわが入らないように撫でて、本紙と密着させます。乾燥させれば、裏打ちの完成です。

和紙に描いた小さな作品の裏打ちなら、初心者でも挑戦できます。裏打ちセットも販売されているので、気になる方は調べてみてください。

とはいえ、大きな作品となると大変です。私も一度、挑戦しましたが、紙がよれてしまったり、本紙と裏打ち紙の間に気泡が入ってしまったりと、想像以上に難しい作業でした。やはり表具師さんに頼むのが賢明ですね。

本紙が絹の場合には、絹と和紙という異なる素材を貼り合わせるので、さらに高度です。

布はゆがみやすいため、四辺に細長い紙を貼り付けてから裏打ちします。そして、糊は紙を裏打ちするときよりも濃く溶いて使います。

裏打ちに使う糊もご紹介しておきましょう。

小麦粉を水でさらして乾燥させたもので、「生麩糊しょうふのり」といいます。生麩糊の粉を水で溶いて火にかけて寒天状にし、冷まして裏ごしして使います。ちなみに、市販の防腐剤入りの糊は、紙が変色する原因になるため使えません。

軸装は裂地選びから

裏打ちが終わったら、そのまま額にいれて飾ってもいいですし、表具師さんに頼んで、掛け軸や屏風などに仕立てるのも素敵すてきです。

画材店で軸装を依頼すると、どの裂地きれじを使うか聞かれます。裂地とは、掛け軸などに使う布のことで、自分の絵の主題や雰囲気に合う色や柄の布を選ぶのです。

私は店頭でサンプルを見ても選びきれないので、いつも色や柄のイメージだけお伝えしています。この難しさは、ふだん着物を着ない人が、着物と帯などのコーディネートを考えるのと似ているかもしれません。仕上がった表具は、さすがプロのセンス! 本紙にぴったりの取り合わせになります。

掛け軸の形式にもさまざまな種類があります。たとえば、本紙を1枚の布が囲んでいるだけのシンプルなもの、本紙の上下に一文字いちもんじと呼ばれる別の布が使われているもの、風帯ふうたいとよばれる垂れ飾りが二つ下がっているもの、などなど。

こうした形式や、裂地の色や柄、取り合わせによって、作品の印象はがらりと変わります。表具は、本紙に衣裳いしょうを着せていくようなもので、表具師はいわば作品のスタイリストなのです。

掛け軸に仕立てる工程では、厚みやコシの強さが異なる和紙を、適切に湿らせたり乾かしたりしながら貼り重ねます。こうすると、シワがつきにくい丈夫な掛け軸に仕上がるのです。

表具師の仕事は、新しい作品の表具だけにとどまりません。古美術の修復でも活躍しています。

裏打ちに使う生麩糊は適度な粘着力と柔軟性を兼ね備え、剥がすことができるため、修復の際には、古い裏打ち紙を剥がして新しい裏打ち紙に貼り替えます。裏打ち紙には、伝統的な製法で作られた、保存性の高い特に丈夫な和紙が使われます。

このように、表具は、作品の見栄えをよくするだけでなく、補強し、保存する技術なのです。複雑で細かい工程には熟練の技が問われ、また、材料や形式、配色などの知識や美的センスも必須です。そしてなにより、大切な作品を扱うのですから、非常に神経を使う仕事です。

表具の世界はとても奥深いですね。

東京の下町には小さな表具の博物館があり、また、伝統工芸品のイベントなどで、表具に使う道具や作品を間近に見られる機会もあるようです。気になる方はぜひチェックしてみてください。

金魚(鮫島圭代筆)
鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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