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2021.4.28

【大人の教養・日本美術の時間】わたしの偏愛美術手帳 vol. 4-上 内呂博之さん(ポーラ美術館学芸員)

横山大観 「山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋」

横山大観「山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋」 1940年(昭和15年)
紙本彩色/額装 74.6 x 110.4 cm(ポーラ美術館)

「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!

今回お話をうかがったのは、ポーラ美術館(神奈川県箱根町)の内呂うちろ博之学芸員です。紹介してくださるのは、横山大観「山にちなむ十題のうち 霊峰四趣よんしゅ 秋」。この作品に出会うまで、実は大観に関心がなかったという内呂さん。その魅力に開眼した理由や見どころを聞きました。

大観のイメージを塗り替えた作品

-この絵を初めて見たのはいつですか?

ポーラ美術館が開館する1年前に、美術館の準備室に勤め始めた20代の頃です。作品の保管倉庫で、ほぼすべての所蔵作品のチェックを1年間かけて行っていたときでした。

大観はビッグネームですが、実はそれまでは苦手でした(笑)。私の父が書家だったので、若い頃は反発心から墨を敬遠していたのです。大観といえば、東京美術学校(現・東京芸大)や五浦いづら(茨城県)で描いた墨の作品の印象しかなく、「絵作り」、つまり構図のことばかり気にして描いているようなイメージだったので。ですが、この絵を見てから大観の印象が変わりました。こういう絵も描いたのか、と。

【横山大観(よこやま・たいかん)】明治元年(1868年)、水戸藩士の子として生まれる。同22年(89年)、東京美術学校の日本画科第1回生として、岡倉天心、橋本雅邦がほうに学び、同29年(96年)、同校助教授となった。その2年後、天心の校長辞任に殉じて退職し、天心の日本美術院の創立に参加。天心指導のもとで試みた没線もっせん描法が「朦朧体もうろうたい」と酷評されながらも、日本画の近代化に邁進まいしんした。菱田春草ひしだしゅんそうとのインド旅行、天心、春草らとの欧米遊歴を経て、天心らと茨城県五浦に転居し、制作活動を行った。天心没後の大正3年(1914年)、下村観山かんざん、安田靫彦ゆきひこらと日本美術院を再興し、日本画壇の一大勢力に育てた。昭和12年(37年)、第1回文化勲章受章。代表作に「生々流転」「夜桜」のほか、富士山の絵が数多くある。同33年(58年)、89歳没。東京・上野の自宅が横山大観記念館となっている。

琳派りんぱを思わせる華やぎがありますね。

そうですね。大観の作品には、あまりないタイプの絵です。ポーラ美術館のコレクションの礎を築いた故・鈴木常司つねし会長は、華やかな色彩の絵や柔らかい女性像などを好んで収集したので、そうした影響もあるかと思います。

アプローチデッキからエントランスまでの眺め(ポーラ美術館提供)

この絵の富士山は、少ない筆数に見えますが、しっかりと立体感が表わされています。また、松が左右に傾いていて、その向こうに富士山が見えるなど、山容を際立たせるために、周辺のモチーフが、色彩的にも、配置的にも、協力し合っている感じがしますね。ポーラ美術館が立つ箱根には、ススキが多いですが、そうした土地の情景も感じられます。

大観は、この絵を含めた計20点のシリーズ「海山十題」を1年間で描きました。結構急いで描いたのだろうと思うのですが、その割には、ススキの描写がとても柔らかくて、時間をかけたようにも見えますし、色彩の構成もすごく考えられていると思います。

【「山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋」】大観は71歳となった昭和15年(1940年)、画業50年を記念して、「海に因む十題」「山に因む十題」からなる全20点の連作「海山十題」を描き、東京・日本橋の三越、髙島屋、その後、大阪でも展示。展覧会に先立つ内覧会で完売した。「山に因む十題」のうち「霊峰四趣 秋」は、色彩豊かに日本の秋を象徴する風物を描き、遠近法にのっとらない空間表現が、様式的な美しさを際立たせる。前景には、白砂と、琳派(やまと絵を基盤とする豊かな装飾性が特色。俵屋宗達たわらやそうたつ尾形光琳おがたこうりん酒井抱一さかいほういつらに連なる流派)風に装飾化された群青の流水。中景に、白い綿のような穂を揺らすすすき、黄色い女郎花おみなえし、紫色の桔梗ききょう、朱色のかえで、青松。遠景の富士山は初雪を冠し、稜線りょうせんはすっきりと描かれ、清澄とした霊峰の存在感を強めている。

美術館にいらっしゃるみなさんにも、作品と出会って最初に感じた印象を大事にしてもらえたらと思います。私が初めて大観の「海山十題」を見て、あれっ、と思ったように。そうしたギャップや感動を大切にすることで、その作品の世界にさらに深く入り込んでいけると思うのです。

◇ ◇ ◇

内呂博之・ポーラ美術館学芸員(鮫島圭代筆)

今回は「山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋」の魅力とともに、作品の第一印象の大切さを聞かせていただきました。次回は、絵画修復も専門とされている内呂さんに、その知られざる世界を紹介していただきます。

わたしの偏愛美術手帳 vol. 4-下 に続く

【内呂 博之(うちろ・ひろゆき)】1972年、富山県生まれ。金沢美術工芸大卒。東京芸術大・大学院美術研究科博士後期課程(保存修復油画)を中退後、金沢21世紀美術館コンサベーター(保存修復家)兼キュレーター(2014~18年)などを経て、現在は、ポーラ美術館学芸員。美術作品の保存修復、絵画技法史、近現代絵画史が専門。担当した主な展覧会は「フジタ―色彩への旅」(21年)、「レオナール・フジタ-私のパリ、私のアトリエ」(11年)。「もっと知りたい藤田嗣治つぐはる―生涯と作品」(13年)、「藤田嗣治画集」(14年)、「猫と藤田嗣治」(19年)の共著がある。画家として、藤田嗣治の絵画技法研究に基づいた作品の制作も行っている。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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