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2019.10.3

【大人の教養・日本美術の時間】「おもてなし」「わびさび」―茶の湯の世界

(鮫島圭代筆)

来年はいよいよ東京オリンピックですね。オリンピック招致の際の流行語といえば、「おもてなし」ですが、今回のコラムでは、「おもてなし」を極めた日本文化、「茶の湯」をご紹介します。

茶の湯の歴史の始まりは、鎌倉時代初めにさかのぼります。禅を学ぶため中国・宋に渡った栄西ようさいが、日本に臨済禅を伝えました。そしてこの時、中国から茶の種を持ち帰り、栽培法を広めたのです。こうして禅宗のお寺を中心に、抹茶をてて飲む文化が広まりました。

禅宗の文化では、中国で作られた美術工芸品が「唐物からもの」と呼ばれて尊ばれ、お寺には中国の水墨画や漆器、やきものが飾られました。禅宗の教えと共にその文化も寺の外へと広まり、室町時代には、将軍家をはじめとする武家の邸宅も唐物で彩られました。そして、そうした空間で抹茶が楽しまれたのです。

やがて、亭主が客を招いて茶をふるまう「茶の湯」の文化が誕生しました。

村田珠光むらたじゅこうがその創始者と伝わります。珠光は贅沢ぜいたくに唐物を集めて楽しんだ武家とは異なり、質素ないおりに住み、日本のうつわも使い、ときに茶道具ではないうつわも茶碗ちゃわんに見立てて、茶をふるまったといいます。こうして、心の豊かさを重んじる「び茶」と呼ばれるスタイルを確立しました。

その後登場したのが、ご存知、千利休です。利休は商売が成功して豪商となったのち、茶人として織田信長、そして豊臣秀吉に取り立てられました。天下一の茶人となってからも、華やかさではなくシンプルで静かな美を尊び、「侘び茶」にさらに磨きをかけてその大成者となりました。

このコラムの冒頭で触れた通り、茶の湯で最も大切なのは「おもてなし」の心です。

上質なおもてなしは、お茶会の主催者の「ふるまい」と「数寄すき」から生まれます。

「ふるまい」とは、客のために出すお茶や料理、そしてお茶を点てる所作などのこと。そして「数寄」とは、もともとは風流な物事を好む精神のことで、客をもてなすために茶道具や茶室のしつらいに心を砕くことをいいます。

黄金時代を築いた「数寄者」たち

数寄者すきしゃ」という言葉を聞いたことはありませんか? 「風流人、とくに茶の湯を趣味とする人」という意味です。

明治時代,政界や財界の大物たちが「数寄者」として名をはせました。彼らは本業のかたわら、世に名高い茶道具を競うように集め、精魂込めてお茶会を開き、互いを招いて楽しんだのです。まさに茶の湯の黄金時代でした。

その先導者の一人が、大蔵大臣などを務めた明治政府の要人、井上かおるです。そして井上に学び、やがて東京の茶道界の中心人物となったのが、三井物産の初代社長、益田孝でした。益田の号(茶人としての名前)は「鈍翁どんのう」といいます。鈍翁が開く茶会では優れた古美術品が披露され、財界の大物たちが集う社交場となりました。

(鮫島圭代筆)

そのほかの著名な近代数寄者といえば、生糸貿易の原富太郎(号は三渓さんけい)、東武鉄道の根津嘉一郎(号は青山せいざん)、阪急グループの小林一三(号は逸翁いつおう)など。彼らのコレクションはそれぞれ三渓園、根津美術館、逸翁美術館に伝わっています。また、電力界の重鎮だった松永安左エ門(号は耳庵じあん)のコレクションは、東京国立博物館に寄贈されています。

数寄者たちが熱狂のうちに手に入れた茶道具の一部は、現在もそれぞれゆかりの美術館で鑑賞できるのですね。

とはいえ、実際に美術館で茶碗を見ると、模様がないものや地味なものも多く、「どこに美しさを感じればいいのだろう」とひそかに思ったり、「外国のかたにどんな言葉でこの美しさを表現すればいいのだろう」と悩んだりすることがあるかもしれません。

そんなときのキーワード、それは「わびさび」です。日本伝統の美意識ですね。美意識といっても、華やかな美しさをでることとは対極にあります。

「侘び」とは、飾りやおごりのない、ひっそりとした枯れた味わいのこと。そして「び」は、古びて趣のあること。つまり、「わびさび」とは、粗末で寂しい様子や古びたり色せたりしたものをネガティブに捉えずに、その風合いやたたずまいに美しさを見出みいだす繊細な感性なのです。

古くから茶人はこうした美意識をたずさえて、うつわをながめ、手に取って楽しみ、買い求めてきました。ときには、ごつごつとしたうつわの表面に魅了され、またときには、ゆがんだ形に美を見出したのです。

茶人たちは、手に入れたうつわに愛称をつけることもありました。そうした愛称を「銘」といいます。「ムキ栗」とか「茄子なす」など、面白い「銘」がつけられた茶碗もたくさんありますよ。茶道具の展覧会にお出かけの際は、「銘」をたよりにうつわを楽しんだり、「自分なら、どんな銘をつけようかな」と考えたりしながら見るのもおすすめです。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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