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2019.12.10

【ボンボニエールの 物語vol.10】大正11年 英国王子がやって来た!

印籠形 (学習院大学史料館蔵)

前回、大正10年(1921年)に皇太子裕仁ひろひと親王が英国をはじめ西欧諸国を訪問したお話をしたが、今回はその答礼として翌11年(1922年)に来日した英国皇太子エドワードの物語である。

英国皇太子エドワード来日

エドワードは、後に英国国王ジョージ5世となるヨーク公ジョージ王子とメアリー妃の長男として、1894年に生まれた。現エリザベス女王の伯父に当たる人物である。ちなみに、父ジョージ5世は、明治14年(1881年)に兄アルバート王子と共に日本を訪問した。その接遇のために造られたのが、赤坂仮皇居内の御会食所という建物である。「天皇のダイニングホール」と言われるその建物は、現在、明治記念館の一部として現存している。

王位継承第一位(プリンス・オブ・ウェールズ)となったエドワードは、大正11年(1922年)春、裕仁親王の英国訪問答礼として来日。日本に向かう船上で「日本語のお稽古に熱心」であったことなど、行動の詳細が新聞報道され、また来日してからは日本各地を訪問したことで大変な人気となった。

4月16日には新宿御苑にて観桜会、4月17日は浜離宮で鴨猟、そのほか日光、鎌倉、箱根、神戸、高松など日本全国を巡った。鹿児島県の島津邸訪問の際には鎧兜よろいかぶと姿となり、高島屋呉服店の名入り法被はっぴ 姿や人力車の車夫姿も披露している。なんとなく昭和44年(1966年)に来日したザ・ビートルズの法被姿を思い浮かべてしまう。

このエドワードをもてなす4月12日開催の宮中晩餐ばんさん会の折に配られたのが、印籠形のボンボニエールである。大きさ4.1×6.4センチ、高さ1.3センチの銀製の菓子器・ボンボニエールではあるけれども、そのまま小ぶりの印籠としても使用できる構造になっている。

表面には桐文が掘られ、緒締おじめ(穴にひもを通し、締めるためのもの)には珊瑚玉さんごだま赤銅しゃくどうの桜花形の根付ねつけ(帯から印籠などをつるす際に留め具として用いられたもの)も付いた、技巧の凝らされた品である。

4月17日に赤坂離宮で行われたエドワード主催の晩餐会ばんさんかいでは、プリンス・オブ・ウェールズの紋章付きのボンボニエールが配られた。プリンス・オブ・ウェールズ紋章が付いているが、制作は日本でなされたようで、裏銘刻印は三越である。

英国皇太子紋章付楕円形 (福井市立郷土歴史博物館蔵)

このほか東伏見邸、徳川公爵邸などエドワードが各地を来訪した際にも、もてなす側である各家でボンボニエールが制作された。東京市でもボンボニエールを制作したようで、現品は残念ながら発見できていないが、貴金属加工製造販売の老舗である徳力本店とくりきほんてんの提案による各種デザイン案が、東京都公文書館の記録に残されている。

誰も彼もがエドワードのおもてなしに一生懸命で、そしてそのおもてなしの際にはボンボニエールが不可欠なものとなっていたことがわかる。

葵紋に流水図文庫形 徳川公爵邸にて英皇太子招待の午餐の際に供された(福井市立郷土歴史博物館蔵)
エドワードの「王冠を賭けた恋」

この人気者エドワードの、その後のエピソードをご存知だろうか。

来日の数年後、エドワードは運命の人、ウォリス・シンプソン夫人と出会う。類いまれな美貌びぼう、ファッションやダンスにもけていたウォリスは、社交界の花であったという。ロンドンで会社を経営していた2度目の夫とともにアメリカから渡英したウォリスは、パーティーでエドワードに出会い、二人は恋に落ちた。

しかし、ウォリスには離婚歴があり、何より交際当時は人妻であった。英国国教会では離婚は禁じられている。それでも、エドワードはウォリスを離婚させて妃として迎え入れたいと願った。だがこれは、プリンス・オブ・ウェールズとしての立場上許されることではなく、国民の多くがこの交際と結婚に反対したという。

1936年1月に父である英国王ジョージ5世が死去し、エドワードは独身のまま「エドワード8世」として王位を継承した。だが、その後もエドワードとウォリスを巡る騒ぎは沈静化することなく、同年12月10日、エドワードは遂に退位することになった。退位後は、弟のヨーク公が「ジョージ6世」として即位した。エドワードには、翌1937年3月8日に「ウィンザー公」の称号が与えられ、そして、ようやくウォリスと結婚したのである。

離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと結婚するために、英国王としては歴代最短の在任期間わずか325日で退位した、このエドワードの恋は「王冠を賭けた恋」と呼ばれた。

長佐古美奈子

プロフィール

学習院大学史料館学芸員

長佐古美奈子

学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。

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