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2020.12.16

【ボンボニエールの物語vol.36】これ、まれ!

八稜鏡形人物文(東伏見依仁親王・周子妃)径5.0×高さ2.0 cm
英国王ジョージ5世戴冠式帰国午餐会カ 明治44年(1911年)11月 (個人蔵)

前回のコラムでもお話ししたように、その時々の慶事にふさわしい、さまざまな意匠でボンボニエールが制作されてきた。その中でも、他に類例がないような珍しいボンボニエールを紹介しよう。

写真意匠のボンボニエール

上のボンボニエールは、八稜鏡はちりょうきょう形の表面に写真が焼き付けられているもの。今まで、数百種類のボンボニエールを見てきたが、写真が焼き付けられているのは、この一つだけである……たぶん。

この写真は、明治44年(1911年)6月に行われた英国王ジョージ5世の戴冠たいかん式に、東伏見宮依仁ひがしふしみのみやよりひと親王・周子かねこ妃が天皇・皇后の名代として差遣された際の公式写真である。

西欧では、肖像画を描かせることが権威の象徴であった。そこに写真も加わったのは1800年代のこと。肖像写真は安価で制作できることから、これを下賜、交換する習慣が生まれた。19世紀末に西欧諸国と交わることを始めた皇室も、公式の肖像写真を撮影し、交際の折に渡すことが儀礼の一つとなった。

明治5年(1872年)に束帯で写真撮影された明治天皇は、翌6年には、断髪して洋装軍服姿で再び肖像写真を撮られている。西欧諸国と交換する際には、見た目も西欧化していかなければならなかったのである。

明治44年に東伏見宮夫妻が渡英する際には、もう当然のこととして、洋装で肖像写真が撮影された。この写真を戴冠式に招かれた各国貴賓と交換したのであろう。

そして、帰国後、その成果と無事を祝って開催された午餐会ごさんかいで下賜されたと思われるのが、上のボンボニエールである。

八景釜形のボンボニエール

もう一つご紹介するのは、八景釜はっけいがま形のボンボニエール。八景釜とは、茶の湯の釜の形状の一つである。

八景釜形 島津忠重邸新築祝宴  大正6年(1917年)5月11日
5.6×高さ4.5 cm(学習院大学史料館蔵)

八景とは、中国湖南省の洞庭湖どうていこに面した中国有数の景勝地・瀟湘しょうしょうの八つの風景を、北宋時代の画家・宋迪そうてきが「瀟湘八景」として描いたことから始まる。

鎌倉時代から室町時代に、牧谿もっけいなどの画僧による「瀟湘八景図」が日本にもたらされ、画題として盛んに描かれるようになった。瀟湘八景になぞらえた「近江八景」や「金沢八景」なども出現した。その八景を、釜の意匠としたのが八景釜である。

八景釜形ボンボニエールは、大正6年(1917年)5月11日、島津忠重しまづただしげ邸新築祝宴で配られたもの。貴族院議員(島津家当主)の島津忠重は、鹿鳴館や三菱一号館を手掛けた英国の建築家ジョサイア・コンドルに設計を、内装や調度を洋画家の黒田清輝に依頼し、イタリア・ルネサンス様式の豪華な洋館を建設した。この洋館は今も、重要文化財「清泉女子大学本館」として、当時の姿をとどめている。

新築披露の際には、大正天皇・皇后の行幸啓があり、時の首相・寺内正毅をはじめ、松方正義、牧野伸顕、山本権兵衛、東郷平八郎の政府高官、陸海軍将らが多数参加した。学習院大学史料館蔵のボンボニエールは、寺内正毅所用のものであるから、この際のもので間違いない。

ところで、島津家ではなぜ、祝いのボンボニエールにこの八景釜形を選んだのだろうか。

島津家の宝物を収蔵する鹿児島市の尚古集成館しょうこしゅうせいかんには、「八景釜」が所蔵されており、その来歴を次のように記している。

源頼朝から島津忠久に授けられたものという。延享3 (1746) 年作成の重物目録の中に「釜一口 八景」と記されてあり、代々当主に伝えられてきた物である。17世紀初頭の目録に「茶臼釜」が八角茶臼之形であり、頼朝から拝領したものと記載されているため、同一の物ではないかと思われる。

長い歴史を持つ島津家だが、家宝として伝来した初代当主の所用品をモチーフとしたのである。名家ならではのボンボニエールである。

長佐古美奈子

プロフィール

学習院大学史料館学芸員

長佐古美奈子

学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。

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