2020.3.25

【橋本麻里のつれづれ日本美術】 手加減なし、専門性全開! 休館中の美術館が続々動画配信

「休館中の大宮盆栽美術館から1日限りの特別展を生中継 出演:橋本麻里《ニコニコ美術館》」の一コマ

このサイトをご覧いただいている美術ファンの方々はすでにご承知のとおり、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、日本のみならず世界中の美術館・博物館が臨時休館を余儀なくされている。 

2月23日に搭乗した、ロンドンから成田への帰国便は既に空席が目立つ状態だったが、まだヨーロッパでも日本でも、美術館・博物館は通常通り開館していた。所用で訪問したヴィクトリア&アルバート博物館の学芸員とも、帰国後の29日から展示が始まる大規模な着物展、「KIMONO:Kyoto to Catwalk」に間に合わないのが残念だと話し、スーツケースに漬物石のような図録を詰め込んで、東京へ戻った。 

それから間もない2月26日、20日付で安倍首相が発表した《イベントの開催に関する国民の皆様へのメッセージ》の、「政府といたしましては、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であることを踏まえ、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします」という要請を受け、国立文化財機構に属する東京国立博物館をはじめとする国立博物館を皮切りに、次々「当面の間」の臨時休館が発表された。当初3月16日まで、とされた臨時休館措置は、国公立館を中心にその後も延長され、現在(3月22日)に至るまで、一部を除いて解除されていない。 

広がる「#エア美術館」「#エア博物館」 

そんな状況下で、館側も手をこまねいて休館に甘んじていたわけではない。もともとSNSでの発信にたけていた太田記念美術館(東京)をはじめ、古代オリエント博物館(同)、刀剣博物館(同)、広島県立美術館、東京国立近代美術館などが、SNSで自主的に使われ始めた #エア美術館 #エア博物館  #自宅でミュージアム  などのハッシュタグを利用、あるいは #おうちで浮世絵 のような独自のハッシュタグを使い、休館中でも可能な画像やテキストによる情報発信を開始した。 

さらに各館が試験的に行ってきた、動画による解説、展示紹介が、ここにきて大きな注目を集めている。それまでの展示や解説を補助するもの、という位置づけではなく、会期半ばで閉幕せざるを得なかった、あるいは展示準備ができているにもかかわらず開館できない展覧会場を、動画を通じて擬似的に体験してもらおうというものだ。 

東京国立博物館では、臨時休館で公開できない特集展示について、「オンラインギャラリーツアー」と銘打ち、担当研究員が内容を解説する動画を、「三田研究員が語る、特集『おひなさまと日本の人形』」、さらに「猪熊研究員が語る、特集『朝鮮王朝の宮廷文化』」、「沖松研究員が語る、『仏涅槃図の世界』」まで、3本公開している(3月22日時点)。 

森美術館では「未来と芸術展」の企画者、南條史生氏(前館長)とめぐるインスタライブを、森美術館公式インスタグラムアカウントにアップ。岐阜県美術館では、当初3月20日、21日に館内で予定していたパフォーミングアートの公演中止を受け、舞台作品を映像作品へと再制作したものを、「森下真樹〈ベートーヴェン交響曲第5番『運命』を贈る〉」と題して、動画で配信した。 

東京都写真美術館では、3月3日から予定されていた企画展「日本初期写真史 関東編」「写真とファッション」の2件の開催を休止。「日本初期写真史 関東編」では担当学芸員の三井圭司氏が会場で解説しながら作品を紹介する、3〜4分ほどの動画7本を一挙に公開。「写真とファッション」では、無音ながら会場での展示風景を紹介する約1分ほどの動画を公開した。 

担当学芸員が語り尽くす! 手加減なし、専門性全開のトークこそ醍醐味 

1件の展覧会を、長いものでは2時間以上にわたって紹介する、ドワンゴ運営の動画配信サービス「ニコニコ動画」のチャンネル、「ニコニコ美術館」も注目を集めている。同サービスで美術展を紹介する番組自体は2012年から配信の実績がある。それが1か月に1〜2回放送の定期的な番組となり、「ニコニコ美術館」というチャンネルができたのは、2016年のこと。筆者もこれまで京都国立博物館「海北友松」「国宝」「京のかたな」、東京国立博物館「国宝東寺─空海と仏像曼荼羅」、春日大社国宝殿「最古の日本刀の世界」、泉屋博古館「華ひらく皇室文化」ほか、多くの番組で進行役を務めてきた。 

このコンテンツの長所は、担当学芸員が自身の言葉で、時間的制限を気にせず(ないわけではないが)、存分に展示の内容を紹介できる点だ。既存の美術番組にありがちな、タレント・文化人のコメントや小芝居はなし。どこまでかみ砕いた説明にするかも含めて、企画者の立場から、ストレートに展示意図を解説できる。必ずしも初心者向きとは言えない、高度な説明になることも少なくないが、リアルタイムで投稿されるコメントの中で、視聴者から補足の解説が加えられたり、進行役(たとえば私)が内容を整理し、より平易な説明を促すこともある。

いずれにせよ、視聴者側も「その場ですべてわからなくても構わない」「知らないことは後で調べる」「会場へ足を運んだ時に考える」という余裕を持ちつつ、他では聞くことのできない、手加減なし、専門性全開のトークこそ醍醐だいご味、と捉えた番組作りが特徴だ。 

SNSのつぶやきが……

そんな番組の性格やこれまでの経緯を知っていることもあり、一斉に臨時休館措置が発表された2月26日夕方、私はSNSで「いっそ無観客展示を片っ端からニコ美で中継するとか?」とつぶやいた。正真正銘、単なる「つぶやき」で、具体的に何か働きかけようと思ったわけではない。ところがその日の19時過ぎには、ニコニコニュースの公式アカウントから、「生中継をご希望の美術館さま、ぜひニコニコ美術館(ニコ美)にご相談ください。」との発信が行われた。

28日昼には態勢が整い、「【臨時休館される美術館・博物館さまへ】中止になった展覧会をネットで開催しませんか? 費用はドワンゴが負担します【ニコニコ美術館】」とするページが公開された(その間、ドワンゴの担当者とメールでやりとりしながら、驚異的な立ち上がりの速度に呆然としていた)。 

以後、「準備してきた展示が誰の目にも触れずに終わるのはしのびない」と、全国の美術館・博物館から50件を超える問い合わせが寄せられている(3月22日現在)。そのすべてを、とは行かないものの、最速で放送準備が整った江戸東京博物館の「江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-」展が、学芸員の杉山哲司さんによる解説で、無観客展示中継を行ったのが3月10日夜(3月22日までの視聴数は2万9300)。当日のリアルタイム視聴数は2万人を超え、通常は有料会員だけの特典となっている録画視聴も、一般向けに開放された。 

前例のないペースで配信中 

三菱一号館での「画家が見たこども」展(3月12日、視聴数1万3800)、大阪市立東洋陶磁美術館の特別展「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション─メトロポリタン美術館所蔵」(3月15日、1万5000)、東京国立近代美術館「ピーター・ドイグ展」(3月18日、2万500)、さいたま市大宮盆栽美術館「春の花もの盆栽展」(3月20日、視聴数1万3600)と、10日間に5件という驚異的なペースで配信が続き、結果として、美術ファンの中でも「美術館には行くが、こうした動画配信サービスにはこれまで縁がなかった」という人たちが、新たに視聴する契機ともなっている。 

「休館中の大宮盆栽美術館から1日限りの特別展を生中継 出演:橋本麻里《ニコニコ美術館》」の一コマ

現在のところ、配信にかかわる経費はすべてドワンゴが負担していること、また準備にもそれなりの時間を要することから、ひとまず3月いっぱいで区切りをつける方向だ。それでも23日以降、3月中にあと3件の配信が予定されており、累積では1か月で8件。通常でもポジティブなコメントが多いのが常だが、臨時休館措置以降、体感的に館や関係者を励まし、あるいは配信の運営側をねぎらうコメントが増えているようで、一種の「災害ユートピア」(レベッカ・ソルニット)的な状況が発生しているようにも思われる。 

こうした動画配信や画像のシェアは、実際に会場へ足を運んでの体験には代えられないものの、その片鱗へんりんでも伝えたい、と考える美術館・博物館の願いが届き、(いつになるかわからないが)病禍収束の折に、観客が戻ってくるための助けとなることを、私自身も心から祈っている。 

橋本麻里

プロフィール

ライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。

橋本麻里

新聞、雑誌への寄稿のほか、NHKの美術番組を中心に、日本美術を楽しく、わかりやすく解説。著書に「美術でたどる日本の歴史」全3巻(汐文社)、「京都で日本美術をみる[京都国立博物館]」(集英社クリエイティブ)、「変り兜 戦国のCOOL DESIGN」(新潮社)、共著に「SHUNGART」「北斎原寸美術館 100% Hokusai !」(共に小学館)、編著に「日本美術全集」第20巻(小学館)ほか多数。

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