2019.12.26

【大人の教養・日本美術の時間】あの浮世絵が欲しい!―版元の販売戦略

「蔦屋の店先」(鮫島圭代筆)

浮世絵版画は、今でいえばテレビや雑誌、インターネットのようなもの。大衆が知りたいことや見たいものをいち早く描き、手りの版画印刷で量産して、幅広い層に届けたのです。

浮世絵版画をよく見ると、絵師の名前とともに版元の名前やマークが記されています。

版元とは、今でいう出版社。企画を立て、その企画に沿って絵師が下絵を描き、彫り師が下絵を木版に写して彫り、摺り師が紙に摺り上げる。その全工程をディレクションし、作品を宣伝して販売しました。

何枚も同じ図柄を刷ることができるため、1点制作の肉筆画よりはるかに安価でした。なかには高度な技術を駆使した豪華版もあり、また、サイズによっても値段が異なりましたが、一般的には大判錦絵1枚で20文程度だったようです。当時でいえばかけそば1杯、現代ならファストフードぐらいの値段でしょうか。誰もが気軽に買い求めました。

版元は、作品の人気が経営を左右するため、人々が何を好み、どんなものを求めているのか常に流行を先読みし、アイデア豊富でなければなりません。また、企画を実現させるための新たな人材の発掘や文化人との交流も欠かせず、幕府の統制をかいくぐる賢さも必要だったでしょう。

江戸時代を代表する版元「蔦重」とは?

江戸時代イチの版元といえば、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう、通称、蔦重つたじゅうです。ここで蔦重の敏腕プロデューサーぶりをご紹介しましょう。

生まれは江戸随一の遊郭・吉原。20代前半に吉原のそばで、遊郭の案内書の小売業を始め、まもなく出版業にも乗り出して、洒落本しゃれぼん(遊里での遊びを主題にした小説)、黄表紙きびょうし(洒落や風刺を交えた絵入り小説)など商品のジャンルを広げます。

そして吉原周辺の文化人ネットワークのなかで、高名な浮世絵師や戯作者と知り合い、優秀な若手を見いだしていきました。狂歌の大流行に目をつけて絵入り狂歌本という新機軸を打ち出し、ついには念願だった日本橋に出店します。

しかし、寛政の改革で出版界への風当たりが強くなり、出版した洒落本が風紀を乱すとして財産を半分没収されました。それでもめげずに、喜多川歌麿と東洲斎写楽という二人の天才を世に送り出しました。こうして蔦重の名は浮世絵史上に燦然さんぜんと輝いているのです。

サイズも画題もいろいろ

ところで、浮世絵の大きさはどのくらいだと思いますか。現代では、ポスターやインターネットで見慣れているので大きなイメージがあるかもしれません。でも美術館で本物を見ると、意外に小さい! 手に取って楽しむものだったのです。江戸時代を通じて最も一般的なサイズは約39センチ×53センチで、多色刷りの錦絵で一番多かったのは、それを縦二つに切った約39センチ×26~27センチでした。A3より少し小さめですね。

また、1枚だけの単品販売ではなく、「組物」「揃物」と呼ばれるシリーズものもたくさんありました。江戸時代後期に登場した「続物」は、複数の版画を並べると全体で大きな絵になるシリーズで、複数枚買ってほしい版元の販売戦略といえます。

当初は、1枚ずつ単独でも楽しめる構図でしたが、全図揃えたいと思う人が多く、やがて版元も単品売りを控えて、3枚なら3枚まとめて売り出すようになりました。特に、「武者絵の国芳」と呼ばれた歌川国芳が手掛けた大迫力の3枚続きは大人気でした。

版元はまた、多様な画題を取り揃えることで幅広い客層をきつけました。

まずは、遊郭や水茶屋の美人を描いた「美人画」です。絵師によって描く美人のタイプが異なり、小柄で清楚せいそ、明るくて健康的、八頭身美人など、美人画を見れば江戸時代の美人像の変遷をたどることができます。

続いて、歌舞伎役者を描いた「役者絵」。当初はどの役者も同じような顔つきに描くのが主流でしたが、やがてそれぞれの役者に似せて描く似顔が人気となり、ファンはお目当ての役者の浮世絵を買い求めました。

そのほか、人気力士を描く「相撲絵」、歴史上の英雄などを描く「武者絵」、北斎や広重によって人気ジャンルとなった「風景画」や「名所絵」、子供たちを描いたにぎやかな「こども絵」、幕府の悪政を皮肉った「風刺画」、幽霊や妖怪、化け物を描いた「ばけもの絵」など。実にバラエティー豊かですね。

それから、遊ぶことを目的にした「おもちゃ絵」にもたくさんの種類がありました。

「寄せ絵」は、人や動物が寄せ集まってひとつの絵を形作っている面白い絵です。「絵すごろく」はサイコロを振って遊ぶゲーム。「両面絵」は絵を切り抜いて表と裏を張り合わせて人形劇のように遊ぶもの。「はめかえ絵」は切り抜いて着せ替え人形のように遊びました。立体的に組み立てられる「立版古たてばんこ」も人気でした。また、さかさにすると別の絵に見える「さかさ絵」といった、アイデア勝負のおもちゃ絵もありました。

そのほか浮世絵には、看板、扇絵、広告やカレンダー、小説の表紙や挿絵、瓦版の挿絵、江戸の土産物まであり、 実に懐が深く、多様性に富む世界です。

東京都江戸東京博物館では、2020年1月19日(日)まで「大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が開催中です。めくるめく浮世絵の世界をお楽しみください。

【大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演】

東京都江戸東京博物館  2019年11月19日(火)〜2020年1月19日(日)

公式サイトはこちら

https://dai-ukiyoe.jp/

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内で墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.11.19〜2020.1.19

※会期中展示替えあり

会場

東京都江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1

料金

一般 1400円
大学生、専門学校生 1120円
小学生、中学生、高校生、65歳以上 700円

※「大浮世絵展」のみの鑑賞料金。常設展共通券は料金が異なります。

休館日

月曜日(2020年1月13日は開館)
年末年始(2019年12月28日~2020年1月1日)

開館時間

9:30~17:30 (土曜日は9:30~19:30)
入館は閉館の30分前まで

お問い合わせ

03-3626-9974(代表)
※電話でのお問い合わせは9:00〜17:00(休館日を除く)

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